[ai] チャレンジの連続だった天野先生の説教 | ペパーミントパラダイス

[ai] チャレンジの連続だった天野先生の説教

こんにちは^ ^

ペパーミントあいです。

2016年10月2日 草加神召教会リバーサイドチャペルのメイン礼拝に参加させていただきました。

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草加神召キリスト教会リバーサイドチャペルのメイン礼拝

草加神召キリスト教会リバーサイドチャペルは、東京スカイツリーライン 松原団地駅より徒歩5-10分ほどのところにある教会です。

メイン礼拝は毎週日曜日 11時から13時頃まで行われているメインの礼拝です。

詳しくは下記教会HPをご確認いただければと思います。

=== リバーサイドチャペル 草加神召キリスト教会 ===

この日のメッセンジャー

この日は主任牧師の天野弘昌先生がお話しして下さいました。

読んだ聖書の箇所

この日読んだ聖書の箇所は、以下の箇所です。

私たちは神の作品であって、良い行いをするためにキリスト・イエスにあって作られたのです。神は、私たちが良い行いに歩むように、その良い行いをもあらかじめ備えて下さったのです。
(エペソ人への手紙2章10節)

17 こうしてキリストが、あなたがたの信仰によって、あなたがたの心のうちに住んでいて下さいますように。また、愛に根ざし、愛に基礎を置いているあなたがたが、
18 すべての聖徒とともに、その広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解する力を持つようになり、
19 人知をはるかに超えたキリストの愛を知ることができますように。こうして、神ご自身の満ち満ちたさまにまで、あなたがたが満たされますように。
20 どうか、私たちのうちに働く力によって、私たちの願うところ、思うところのすべてを超えて豊かに施すことのできる方に、
(エペソ人への手紙3章17-20節)

しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。
(使徒の働き1章8節)

上記御言葉の説き明かしはほとんどされない説教

この日の説教で、
上記の御言葉(みことば)の説き明かしは
ほとんどされませんでした。

「私たちは神の作品であって、良い行いをするためにキリスト・イエスにあって作られたのですから、伝道しましょう」

「神は、私たちが良い行いに歩むように、その良い行いをもあらかじめ備えて下さったのですから、これを用いて伝道しましょう」

引用された御言葉はこのように用いられ、
述語は全て「伝道しましょう」。

御言葉はお話の主役ではなく、
「伝道しましょう」というメッセージを
より良く魅せるための引き立て役として
使われていました。

引き立て役と言っては心外だと思われて
しまうかもしれないけれど、

伝道することの正当性を証明するための手段、
伝道したくなるマインドセットの手段として
用いられている感は否めません。

これは、天野先生に限らず、
この教会の多くの先生方の説教から
感じることです。

悪いことだとは思いません。
理由は後述いたします。

主な内容は「アーサー・ホーランド先生、素晴らしい!」

メッセージのその他の主だったことは、
前の週ゲストで来られたアーサー・ホーランド先生
のこと。

天野先生はアーサー・ホーランド先生の
伝道スピリットに相当感動されたようで、
いつにも増してテンション高く、

「アーサー・ホーランド先生、素晴らしい!」
ということを、手を変え品を変え、
力説していらっしゃいました。

事実、アーサー・ホーランド先生は
未信者の方からの受けがとてもいいようです。

牧師界のヤンキー先生みたいな方ですからね(笑)

アーサー先生は伝道のため、
人から憧れられ、魅力的な存在になるために
人生を献げたのだということ。

自分もそんな存在になりたいということを
熱く話していらっしゃいました。

途中までは、ただひたすら不満だらけ

無駄に(と言っては失礼ですが;;)
熱くなっている天野先生を眺めているのは、
面白かったです^ ^

わたし、暑苦しい人は大好きなんで(笑)

でも正直、説教として聞くには、
不満だらけでしたm(_ _)m

だって、御言葉の説き明かしが
全然されないんですもん!

例えば上記の20節の一部を取っても
「どうか、私たちのうちに働く力によって」の
「私たちのうちに働く力」は
聖霊のことを指している、とか、
解説すべきことはたくさんあると思います。

素晴らしい伝道者の素晴らしい伝道の功績の話は、
正直、飽きましたm(_ _)m

御言葉の説き明かしをして下さい。

この御言葉はどういう意味なのか、
そこにどんな神様からの愛のメッセージが
込められているのか。

それを聞かせてほしい。

途中までは、そんな不満でいっぱいでした。

でも、天野先生はこれでいいのだと思った

でも、そんな時ふと、
この御言葉が頭に降ってきました。

「自分を愛するように、
あなたの隣人を愛しなさい」

これをある交流分析に精通した牧師が

「この御言葉は、交流分析で言うところの
『わたしもOK、あなたもOK』に当たります。
イエス様は『わたしもOK、あなたもOKという
スタンスで生きなさい』とおっしゃってるんですよ」

と話していたことを思い出しました。

わたしはOK、あなたもOK

これをもう少し掘り下げると、

「あなたがわたしに期待するのは自由だけれど、
応えるかどうかはわたしの自由。
応えられなかったからといって
わたしの価値は変わらない」

「わたしはあなたに期待するけれど、
応えるかどうかはあなたの自由。
応えられなかったからといって
あなたの価値は変わらない」

という意味になります。

わたしは天野先生に
「御言葉の説き明かしをしてくれること」
と期待したけれど、

応えるかどうかは
天野先生の自由なのです。

それで天野先生の牧師としての価値が
変わるわけでも、人としての価値が変わる
わけでもありません。

天野先生がわたしの期待に応えようが
応えまいが、

天野先生は神様に用いられた
素晴らしい伝道の器であることには
変わらないのです。

御言葉の説き明かしをする人も、伝道する人も、どちらも必要

エペソ人への手紙4章11節には

「こうして、キリストご自身が、ある人を使徒、ある人を預言者、ある人を伝道者、ある人を牧師また教師として、お立てになったのです」

とあります。

みことばの説き明かしをする人は
当然必要ですが、
伝道をする人も必要なんですよね。

誰かが伝道して人を教会に連れてきて
くれないことには、みことばの説き明かしを
聞いてくれる人もいなくなっちゃいますから。

天野先生や神召教会の先生たちは
伝道したくてしょうがない人たち
なんだろうなと思います。

それは、とても素晴らしいことです。

ちょっと牧師と教師が伝道者寄りになって
しまっていることが気掛かりではありますが、
教会の必要が満たされるよう、
お祈りしたいと思います。

以上、ペパーミントあいがお届けいたしました。

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