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[ai] マルコ4章の突風を鎮める出来事から、信仰は少しずつ成長することを学んだ

こんにちは^ ^

ペパーミントあいです。

2016年9月25日は、草加松原教会の日曜礼拝に参加させていただきました。

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この日の説教者

この日の説教者は、
木村恭子 教師候補者でした。

マルコのよる福音書4章35-41節

この日読んだ聖書の箇所は、以下の箇所です。

35 その日の夕方になって、イエスは、「向こう岸に渡ろう」と弟子たちに言われた。36 そこで、弟子たちは群衆をあとに残し、イエスを舟に乗せたまま漕ぎ出した。ほかの舟も一緒であった。37 激しい突風が起こり、舟は波をかぶって、水浸しになるほどであった。38 しかし、イエスは艫(とも)の方で枕をして眠っておられた。弟子たちはイエスを起こして、「先生、わたしたちがおぼれてもかまわないのですか」と言った。39 イエスは起き上がって、風を叱り、湖に、「黙れ。静まれ」と言われた。すると、風はやみ、すっかり凪になった。40 イエスは言われた。「なぜ怖がるのか。まだ信じないのか。」41 弟子たちは非常に恐れて、「いったい、この方はどなたなのだろう。風や湖さえも従うではないか」と互いに言った。
(マルコによる福音書4章35-41節)

「主が共におられる確かさ」

説教のタイトルは「主が共におられる確かさ」。

イエス・キリストが嵐を静めた出来事から、

イエス様とともに歩むことはどれだけ心強いことかということと、

信仰は少しずつ成長していくものであることを学びました。

前後の出来事

マルコ4章1-34節では、
イエス様が神の国について、
様々な例えを用いて話されています。

神に国に入るには、
イエス様を信じる信仰を持つことが必要。

そのためには、御言葉(みことば)を聞くこと。
とにかく忍耐強く聞き続けることが大事です。

初めは分からなくても、少しずつ分かり、
一つの言葉が心に残るようになってきます。

注意深く聞けば聞くほど、
霊的な理解力は深められ、
理解出来るようになります。

大事なのは、御言葉から
神様の愛と恵みを理解することです。

理解が深まれば深まるほど、
神様の愛の大きさ、深さが分かります。

御言葉の種を、神様は成長させて下さいます。
神様の福音は生きて働きます。

種はどんなに小さくても、
神様は成長させて下さいます。

成長してしっかりした信仰者になると、
生き方そのものが、
イエス様の素晴らしさを証しするようになります。

家族や友人を信仰に導くことも
出来るようになります。

イエス様は最後に
「聞く耳のあるものは聞きなさい」と言われました。

嵐を静める

イエス様は神の国について丸一日お話になると、
夕方、弟子たちを連れて群衆から離れ、
船で移動されました。

陸にはイエス様の話を聞きたい人、
癒してほしい人がたくさんいましたが、
イエス様も弟子たちも休息が必要でした。

その時、嵐が起こりました。

嵐の恐ろしさは、
元々漁師であった弟子たちは
とてもよく知っていました。

知識があることで、恐怖を強く感じました。

でも、イエス様は眠っておられました。

弟子たちはイエス様を起こします。

「私たちが溺れても構わないのですか!?」

まるでイエス様を責めるような言い方。

上記は新共同訳聖書の訳ですが、
別の訳ではもっときつい言い方に訳されています。

「溺れ死んでも構わないのですか!?」など、
より責める論調の強い表現がされています。

それもそのはず。

原語では「滅ぼす」「失う」を意味する言葉が
使われているからなのです。

イエス様は起き上がり、風を叱り、
湖に「黙れ、静まれ」と命じました。

すると、風は止み、嵐は静まります。

イエス様は弟子たちに言いました。

「なぜ怖がるのか。まだ信じないのか」

弟子たちはずっとイエス様と一緒にいました。

悪霊を追い出したり、病を癒したり、
死人を生き返らせてきたのを目の当たりにしました。

でも、そんなイエス様が一緒にいるのに、
怖がったのです。

でも、それも仕方のないことでした。

弟子たちは、イエス様が自然を支配し、
従わせる力を持っていることは、
この時初めて知ったのですから。

これは、人間の知識や常識では考えも及ばないこと。

イエス様は神だから出来て当然ですが、
弟子たちの信仰はそこまで成長していなかったのです。

でも、イエス様はこのように少しずつ、
弟子たちの信仰を成長させていきました。

弟子たちは嵐以上に、
それを鎮めることの出来る
イエス様の力を恐れました。

別の見方をすれば、
そんな力を持った方が一緒にいて下さることは、
とても心強いことです。

これほど心強いことはありません。

この箇所から学ぶべきこと

この箇所から学ぶべきことがいくつかあります。

1. 人には出来ないことも、神には出来る

まず第一に、
「人には出来ないことも神には出来る」
ということ。

イエス様の言葉で波が静まりました。
イエス様の言葉に権威と力があります。

人間には出来ないことも、神様には出来る。
神には何でも出来るのです。

ガリラヤ湖の漁師にとっては、
考えられない結末でした。

でも、人の理解をはるかに超えた手段で、
神様は問題を解決させることが出来ます。

解決策がないというほど困難な時ほど、
主イエスに目を向けていきたいですね。

2. 信仰は徐々の深められ、確かなものに成長する

もう一つは、信仰は徐々に深められ、
成長し、確かなものになっていくことです。

弟子たちは少しずつ訓練を受け、
成長していきました。

弟子たちはイエス様の言葉に
権威があることは知っていたけれど、
自然を支配する力があることは、
この時初めて知りました。

これは私たちも同じです。

洗礼を受けた途端に信仰が深くなったり、
聖書の知識が確かになるわけではありません。

訓練を受けて、少しずつ成長していきます。

苦難など、いろいろな人生経験を通して
確かなものにされていきます。

助けられた経験を通して、
助けられる確信を得ることが出来ます。

神様への信頼が深められます。

主イエスとともに歩む歩みは、
安全で安心なのです。

以上、ペパーミントあいがお届けいたしました。

大切なことを語って下さった木村恭子先生、
木村恭子先生を通して学ばせて下さった主に
感謝いたします。

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