[ai] ヨハネ3章16節から学ぶ神様の愛とわたしたちの役割 | ペパーミントパラダイス

[ai] ヨハネ3章16節から学ぶ神様の愛とわたしたちの役割

こんにちは^ ^

ペパーミントあいです。

2016年9月11日 草加神召教会リバーサイドチャペルの早朝礼拝に参加させていただきました。

草加神召キリスト教会リバーサイドチャペルの早朝礼拝

草加神召キリスト教会リバーサイドチャペルは、東京スカイツリーライン 松原団地駅より徒歩5-10分ほどのところにある教会です。

早朝礼拝は毎週日曜日 7時から8時頃まで行われている礼拝です。

詳しくは下記教会HPをご確認いただければと思います。

=== リバーサイドチャペル 草加神召キリスト教会 ===

この日のメッセージ

この日読んだ聖書の箇所は、
有名な以下の二箇所。

神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
(ヨハネの福音書3章16節)

わたしの目のあなたは、高価で尊い。わたしはあなたを愛している。
(イザヤ書43章4節)

これらの箇所から、
神様の愛がどのようなものであるのか、
神様が私たちに望んでおられる役割について
学びました。

①私たちの存在

私たちは神様に愛されている

私たちは神様に愛されています。

あなたに何が出来るかとか、
あなたが何をしたかではなく、
神様はあなたの存在そのものを
喜んで下さっておられます。

人は相手に何か価値を見出さなければ、
愛することは出来ません。

愛していても、価値がなくなると愛せなくなります。

でも、人の基準では全く褒められたところのない人も、
愛して下さるのが神様です。

私たちは罪人

同時に、私たちは罪人です。

罪とは自己中心。
誰もが心に持っている自己中心です。

人に対する怒りや裁きや憎しみ。
全て自己中心の罪がさせることです。

これによって、私たちは神様に裁かれ、
滅びに向かうはずでした。

天国へ行くか地獄へ行くかは、
二択でしかありません。
天国へは、罪があっては行くことは出来ないのです。

私たちが天国へ行くには、
罪を取り除く必要があります。

神はキリストの十字架によってよって愛を示された

でも、イエス様が十字架に架かり、
代わりに裁きを受けて下さったから、
私たちの罪は取り除かれました。

私たちは天国へ行けるようになりました。

神様はご自分の御子を、
悪いことをした私たちのために、
十字架に架けて下さいました。

悪者のために自分の子供を犠牲に出来る人、
この世にはいないですよね。

こうして、神様はご自身の愛を明らかにされました。

イエス様が十字架に架かって下さったことは、
私たちが神様に愛されている証拠です。

②神様の目的

神様の目的は、
ヨハネ3章16節に書かれている通り。

イエス・キリストによって、
私たちに永遠のいのちを与えることです。

私たちは、
そのことをただ信じるだけで、
これを受け取ることが出来ます。

知識として知るだけではなく、
心から信じ、受け入れることです。

信じれば永遠のいのちを得られるだけでなく、
この世の人生も祝福されます。

永遠のいのちへ向かうか、
滅びに向かうか。

これは、
あなたと神様の関係によって決まります。

神様はあなたに、
永遠のいのちを持つことを望んでおられます。

③救われた者の役割

周りに神様の愛を流していくこと

救われた私たちの役割は、
周りの人に神様の愛を流していくことです。

救われて罪赦された私たちは、
神様の無条件で無限大の愛を
受け取ることが出来ます。

コップに水がたまったら溢れ出すように、
神様の愛も、たくさん受ければ溢れて
周りにも流れていきます。

私たちは条件付きの愛しか
持てない存在ですが、

神様からの愛を受けることによって、
無条件で無限大の愛を
周りに流していくことが出来るのです。

クリスチャンは宗教活動をしている人ではない

クリスチャンは、
宗教活動をしている人ではありません。

神様の無条件で無限大の愛を
世に表したい人です。

これは“信者を増やすための”伝道でも
“信者を増やして献金を増やす”ための
伝道でもありません。

上の子は親の愛に満たされていれば下の子を可愛がる

兄弟をお持ちの親御さんは、
下の子が生まれると、
上の子が下の子をいじめたり、
嫉妬して幼児帰りすることに
悩まれたご経験はないでしょうか?

ある助産師さんのお話によると、
上の子は親の愛に満たされていれば、
下の子を可愛がるようになるそうです。

もし下の子をいじめるようなら、
親の愛を感じていない証拠。

親は上の子をもっと大事にする必要が
あります。

神様の愛が周りに溢れていくことも、
これと同じ原理なのだと思います。

感想・まとめ

私たちには愛がないから、
神様の愛を受けなければいけない。

分かっているつもりでしたが、
忘れていたような気がします。

「私はクリスチャンなのに、
何でこんなに愛が足りないんだ……」

と、最近とても悩んでいました。

そのことに対する神様からのメッセージを
受け取った気がします。

もし同じように悩んでいらっしゃる方が
いらしたら、

「私はクリスチャンなんだから周りを愛さなきゃ」
と思うのではなく、

神様からの愛を受け取ることを考えてみて下さい。

そのことを、
神様に祈ってみて下さい。

私はそうしようと思います。

気付かせ下さった主に感謝ですvv

以上、ペパーミントあいがお届けいたしました。

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