こんにちは^ ^
ペパーミントあいです。
今日はヨシュア記17章を読みました。
ヨシュア記17章
[ai] ヨシュア記16章 ヨセフの一族〜エフライム の続きです。
本章には
- マナセ族(1-13節)
- ヨセフの一族の開拓地(14-18節)
※サブタイトルは新共同訳聖書より
について書かれていました。
以下は、受洗1年8ヶ月目のわたしが本章を読んだ感想です。
解釈には注釈、解説書、教会で得た知識等を総動員させていただいておりますが、聖書について詳しくお知りになりたい方は、お近くの教会へ行って、牧師先生に聞いてみて下さいね^ ^
マナセ族(1-13節)
マナセ族の領土の範囲がどこからどこまでなのか、書かれています。
中にはマナセ族とエフライム族が混在して住んでいる地域も、多くあったようですね。
マナセ族もエフライム族も、広く捉えればヨセフ族なので、他の部族と比べると境界線が曖昧なのかもしれません。
この段落の最後も、
イスラエルの人々は強くなってからも、カナン人を強制労働に従事させただけで、徹底的に追い出すことはできなかった。(13節)
という、嫌な予感がする記述で締められています。
ヨセフの一族の開拓地(14-18節)
マナセとエフライムを合わせたヨセフの一族は、ヨシュアに「私たちは数が多いから、くじで決められた土地だけでは足りない」と申し出てきました。
ヨシュアは「森林地帯に入って行って、ペリジ人やレファイム人の地域を開拓すればいい」と進言。
いずれもカナンの原住民で、背の高い民族でした。
ヨセフの一族たちは
「山地だけでは足りません。でも平地に住むカナン人は鉄の戦車を持っています」
と、納得しません。
ヨシュアは
「あなたたちは数も多く、強い民となったのだから、森林も開拓出来るし、鉄の戦車を持ったカナン人を追い出すことも出来るだろう」
と答えました。
感想
最後のヨセフの一族とヨシュアの問答は、「力のある者は与えられるのを待っているのではなく、自分で道を切り開きなさい」という教えを含んでいるようです。
必要なものは神様が与えて下さるし、それを手に入れるための力も与えて下さっている、ということですね。
祈り求めれば神様が何でも与えてくれるというのは、何もしなくても神様は棚ぼた式に結果をくれる、という意味ではないことを再確認いたしました。
よく「クリスチャンは祈るだけで何もしない」と揶揄されることがありますが、祈るだけで何もしないクリスチャンは、きっと、何の結果も得ることは出来ていないと思います。
神様は願ったものを直接的に与えて下さることもあれば、それを手に入れるために必要なものを間接的に与えて、手に入れられるようにして下さることもあるのです。
参考文献
以下の解説書を参考にさせていただきました。
以上、ペパーミントあいがお届けいたしました!
次回は [ai] ヨシュア記18章 その他の七部族〜ベニヤミン族 についてお届けいたします。
お楽しみに!