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[ai] 願ってみよう!御心に適う願いと最重要の願いとは?

ペパーミントあいです。

2015年6月28日の日曜礼拝は、地元草加松原神召教会リバーサイドチャペルのマイティーサービスに参加させていただきました。

2015年6月29日のマイティーサービス

リバーサイドチャペルのマイティーサービスは、毎週日曜日17時半から行われている、主に若い人達が中心の礼拝です。

この日は同教会の石田准牧会教師がメッセージをして下さいました。

メッセージ 願いと祈りについて

この日のメッセージは、「願いと祈り」についてのお話でした。

お祈りには、「神様に伺いを立てること」と「神様にお願いを聞いてもらうこと」の2つの側面があります。

今回は後者にスポットライトを当てたお話でした。

前者についてのお話は、下記記事をご参照いただければと思います。
参照 : [ai]【草加松原リバーサイドチャペル日曜礼拝】神に伺う

願ってみよう!

神様に叶えてほしいお願いごとは、たくさんあると思います。
でも、いざお祈りするとなると、何を祈ったらいいのか分からなくなることもありますよね。

まずは、何を願えばいいのかについて、考えていきます。

そのヒントとなることが、以下の聖書の箇所に書かれています。

何事でも神の御心に適うことをわたしたちが願うなら、神は聞き入れて下さる。これが神に対するわたしたちの確信です。(第一ヨハネ5:14)

神様が叶えて下さる願いとは、「神様の御心に適う願い」であるようです。

では、「御心に適う願い」とは、どのような願いなのでしょうか?

それは、とてもシンプルなことですが、「必要のための願い」です。

自分にとって必要なことを、神様に願えばいいのです。

もう少し詳しく見ていきましょう。
聖書に以下のような箇所があります。

5 その夜、主はギブオンでソロモンの夢枕に立ち、「何事でも願うがよい。あなたに与えよう」と言われた。6 ソロモンは答えた。「あなたの僕(しもべ)、わたしの父ダビデは忠実に、憐れみ深く正しい心をもって御前を歩んだので、あなたは父に豊かな慈しみをお示しになりました。またあなたはその豊かな慈しみを絶やすことなくお示しになって、今日、その王座につく子を父に与えられました。7 わが神、主よ、あなたは父ダビデに代わる王として、この僕をお立てになりました。しかし、わたしは取るに足らない若者で、どのようにふるまうべきか知りません。8 僕はあなたのお選びになった民の中にいますが、その民は多く、数えることも調べることもできないほどです。9 どうか、あなたの民を正しく裁き、善と悪を判断することが出来るように、この僕に聞き分ける心をお与え下さい。そうでなければ、この数多いあなたの民を裁くことが、誰に出来ましょう。」
10 主はソロモンのこの願いをお喜びになった。(列王記上3:5-10)

これは旧約聖書の列王記に出てくるソロモンという王様が、王位を受け継ぐ時、夢の中に現れた神様に願ったことです。

ソロモンはこれから王様になるにあたって、「民を正しく判断し、聞き分ける心を与えて下さい」と願いました。

この願いは、神様の御心に適いました。

御心に適った理由は、続きに書いてあります。

11 神はこう言われた。「あなたは自分のために長寿を求めず、富を求めず、また敵の命も求めることなく、訴えを正しく聞き分ける知恵を求めた。12 見よ、わたしはあなたの言葉に従って、今あなたに知恵に満ちた賢明な心を与える。あなたの先にも後にもあなたに並ぶ者はいない。(列王記上3:11-12)

ソロモンは、自身のため、私利私欲のためではなく、神様に任された王様としての責務を全うするために必要なものを求めたので、その願いを神様は喜ばれました。

神様を第一に考えていたことが、ポイントです。

自分の場合はどうでしょうか?あなたの場合はどうでしょうか?

ちなみに、石田准教師は、毎日神様に「御霊の実」を求めているとのこと。
御霊の実については、以下の箇所をご参照下さい。

22 これに対して、霊の結ぶ実は愛であり、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、22 柔和、節制です。これらを禁じる掟はありません。(ガラテヤ5:22-23)

ここで石田准教師は、参加者に「自分の場合は何を願えばいいのか」を確認するテストを始めました。

STEP1
「今の仕事や教会での奉仕活動について書き出す」

学生さんだったら「◯◯の勉強」、社会人だったらそのお仕事の内容を、紙に書き出してみます。
(ちなみにわたしは、紙はとペンは持っていなかったので、iPadのメモ帳に打ちました)

漠然と「勉強」だけではなく、「◯◯大学の□□学科の▲▲の勉強」のように、なるだけ具体的に書いた方がいいみたいです。

ちなみにわたしは、以下のように書きました。

  • ブログを通じて主の愛と栄光をあらわす
  • 毎日楽しくブログを更新する
  • こことは別の趣味のブログを新しく立ち上げる
  • 趣味のブログに広告を導入する
  • 趣味のブログの情報収集のため、毎日紅茶とアイスを食べる

冗談でもおふざけでも何でもなく、わたしが今真剣に取り組んでいることです。

わたしはブログの広告収入で生計を立てながら、ブログを通して主の愛と栄光を証しすることを許されたので、そのことに真剣に取り組んでいます。

わたしが書いたこれらのことは、わたしが神様に任されていること。

あなたが書き出したことも、あなたが神様に任されていることなのです。

ただ、余談ですが、ちょうど「毎日紅茶とアイスを食べる」と打った瞬間に、石田准教師から「今あなたが書いたことは、あなたが神様に任されていることです」という声がかかった時には、ちょっと「ふざけてごめんなさい」という気持ちになりました(苦笑)

STEP2
それをなすために必要なことを書き出す

書き出したことをなすためには、何が必要でしょうか?どんな自分になりたいでしょうか?

ここで石田准教師は、そのことも書くように言われたので、書き出してみました。

  • どこから手をつけていいか分からなくなっているので、落ち着きたい
  • いつも聖霊様で満たされて心穏やかでいたい
  • htmlとcssとphpを学びたい
  • 文章を早く書けるようになりたい
  • タイトルのセンスがほしい
  • 紅茶とアイスを毎日食べれる資金がほしい

言っておきますが、全然ふざけてません!(汗)

書き出したこれらのことを、神様に願えばいいのです。

「お金がほしい」なんて、御心に適わないんじゃないか?と思ってしまうかもしれないけど、適うか適わないかを決めるのは神様なので、勝手に判断しないで、まずは願ってみることです。

わたしたちの心の願い

「求める」と「願う」
どちらも願望を意味する言葉ですが、若干受けるニュアンスが違いますよね。

求める→内側から噴き出るもの
願う→ほんの些細なことも含む。例:どこでもドアがあったらいいのに

といったところでしょうか?

「どこでもドア」というワードは、実際にお話には出てきませんでしたが、わたしが例としてあげるのにはいいんじゃないかと思ったので勝手に付け加えさせていただきました。

「どこでもドアがほしい!」と、神様に本気で求める人は、あまりいないと思います。
ふつうに考えたら、現実的じゃないですもんね。

でも、ほんの些細なことでも、自分で考えただけで終わってしまったり、願ってはいけないと思って祈るのを断念していることはないでしょうか?

こんなつまらないことは祈ってはいけないと、自分だけで何とかしようとしてしまっていることはないでしょうか?

神様は、そんなあなたのことを心配しています。

1 ヤコブよ、あなたを創造された主は
イスラエルよ、あなたを造られた主は
今、こう言われる。
恐れるな。わたしはあなたを贖う。
あなたはわたしのもの。
わたしはあなたの名を呼ぶ。
2 水の中を通るときも、わたしはあなたと共にいる。
大河の中を通っても、あなたは押し流されない。
火の中を歩いても、焼かれず、
炎はあなたに燃えつかない。
3 わたしは主、あなたの神
イスラエルの聖なる神、あなたの救い主。
わたしはエジプトをあなたの身代金とし
クシュとセバをあなたの代償とする。
4 わたしの目にあなたは値高く、貴く
わたしはあなたを愛し
あなたの身代わりとして人を与え
国々をあなたの魂の代わりとする。
(イザヤ43:1-4)

上記は旧約聖書のイザヤ書の有名な箇所ですが、新約聖書にも、欲しければ祈り求めなければ得られないことを教えている箇所があります。

あなたがたは、欲しても得られず、人を殺します。また、熱望しても手に入れることができず、争ったり戦ったりします。得られないのは求めないからで、(ヤコブ4:2)

節の途中で文章が切れてしまっていますが、続きには「求めても得られないのは動機が悪いからだ」という内容のことが書かれています。

悪い動機で欲しがったものは祈り求めても得ることは出来ませんが、祈り求めないことには、はじめから何も得ることは出来ません。

もしあなたが「こうありたい!」「これを得たい」と思っているのに得ることが出来ないなら、それは、思っているだけで求めていないからなのです。

自身の努力による成果は、そのあとからついてきます。

最重要の願い

最後に、御心に適う願いの中でも特に求めなければならない願いについてお話いたします。

旧約聖書の詩篇に、こんな箇所があります。

ひとつのことを主に願い、それだけ求めよう。
命ある限り、主の家に宿り
主を仰ぎ望んで喜びを得
その宮で朝を迎えることを。
(詩篇27:4)

これはさきほど出てきたソロモン王の父・ダビデ王が、敵に囲まれ、命を狙われている時に祈ったことです。

ダビデは敵に命を狙われている状況下で、神を愛すること、神とともに生きることを願い、求めました。

そのことが実はとても理に適っていて重要であることは、続きを読んでいただければ分かるかと思います。

5 災いの日には必ず、主はわたしを仮庵にひそませ
幕屋の奥深くに隠してくださる。
岩の上に立たせ
6 群がる敵の上に頭を高く上げさせてくださる。
わたしは主の幕屋でいけにえをささげ、歓声をあげ
主に向かって賛美の歌をうたう。
(詩篇27:5-6)

自分を愛して下さっている全能の神様がともにいて下されば、何が起こっても大丈夫であることを、ダビデは知っていたのです。

神様から離れてしまっては、神様に何を祈ったらいいのかも分からなくなってしまいます。

この箇所は、ぜひとも暗誦したい箇所ですね(^O^)

まとめ

以上が、この日のマイティーサービスのメッセージ内容です。多少わたしの個人的な脚色もあります。ご了承願います。

上記の内容を要約すると、こんなところでしょうか?

  • 願っていることは些細なことでも祈り求める
  • 神の御心に適うことを願う
  • 神とともに生きることを願うことが何よりも大事

以上、ペパーミントあいがお届けいたしました!

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