[ai] 福音を受け入れることは、相当な覚悟がいること | ペパーミントパラダイス

[ai] 福音を受け入れることは、相当な覚悟がいること

こんにちは^ ^

ペパーミントあいです。

日数があいてしまいましたが、3月8日 日曜礼拝の説教の感想をまとめたいと思います。

バズーカ岸浪先生

この日のメッセージは、イエスキリスト栗原聖書バプテスト教会の岸浪市夫先生が担当して下さいました。

岸浪先生は元キックボクシングの日本チャンピョンで、現役時代は「バズーカ岸浪」のリングネームで活躍されたとのこと。

そのためか、ご高齢ながら体格はとても良い方でした!

現在は災害ボランティア アメージンググレイスネットワークミッションを立ち上げ、支援活動をなさっておられるそうです。

よく考えもしないで複音を受け入れたつもりになってはいけない

この日の中心箇所はこちら。

兄弟たち、わたしがあなたがたに告げ知らせた福音を、ここでもう一度知らせます。これは、あなたがたが受け入れ、生活のよりどころとしている福音にほかなりません。どんな言葉でわたしは福音を告げ知らせたか、しっかり覚えていれば、あなたがたはこの福音によって救われます。さもないと、あなたがたが信じたこと自体が、無駄になってしまうでしょう。最も大切なこととしてわたしがあなたがたに伝えたのは、わたしも受けたものです。すなわち、キリストが、聖書に書いてあるとおりわたしたちの罪のために死んだこと、葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおり三日目に復活したこと、ケファに現れ、その後十二人に現れたことです。(コリントの信徒への手紙一 15章1-5節)

わたしが読んでいる新共同訳聖書では「しっかり覚えていれば」となっているところが、新解約聖書では「よく考えもしないで信じたのでないのなら」という訳になっているようです。

ここで言う「福音」とは、イエス・キリストがわたしたちの罪のために十字架に架かり、三日目に蘇って、わたしたちの罪が赦されたこと。

罪赦されて、天国に行く権利、永遠の命を得るためには、このことを信じて受け入れればいいのですが、受け入れるにもそれなりに覚悟がいる、と、岸上先生はおっしゃっていました。

福音を信じて受け入れるということは、以後はキリストに倣った生き方をしなければならないとのこと。

キリストに倣った生き方とは、

・キリストがわたしたちのために死んで下さったように、わたしたちもキリストの栄光をあらわすために命をかけなければいけない

・キリストが十字架上で罵声を浴びせてきた人達を赦したように、死ぬほどムカつく人や嫌いな人のことを赦し、祝福を祈らなければならない

とのこと。

……正直物凄く重く感じたので、ブログに書こうかどうか迷ったのですが、クリスチャンとしての成長日記のつもりで書いているので、一応残しておこうと思い、書き留めます。

それくらいの覚悟がなければ福音を受け入れたとは言えないよ、天国には行けないよ、と言われると、本当に果てしなさすぎて、いくら死んだあとに天国が約束されていると言われても、重圧が重すぎて途中で心が折れそうですよねm(_ _)m

聖書には確かに「わたしのために命を失うものはかえってそれを得る」ということも書かれていますが「イエス様のためならこの命さえ惜しくありません!」とは、そう簡単には言えません。

言ったところで、ペテロのように鶏が鳴く前に3回「知らない」と言う自信さえあります(ーー;)

正直申し上げて、お前に天国に行くのは無理だと引導を渡されたような気持ちになりましたが、「あいつムカつく。死ねばいいのに」と思うことは、サタンに塩を送り、かえって自分が苦しくなるだけだとのこと。

それには納得出来たので、そこだけは頑張って守っていきたいと思います。。。

つらい話ばかりではなかったです^ ^

そんなわけで、岸浪先生には申し訳ないのですが、今回はひたすら重い気持ちにばかりなってしまった日曜礼拝でした^^;

でも、厳しい話ばかりではありませんせした^ ^

実際に岸上先生が経験したこととして、物凄く苦手な人のためにお祈りしたらその人との関係が良くなったというお話も聞くことが出来ました。

また、東日本大震災の際、避難所へのボランティア活動中、家が全壊した人達と半壊あるいは残った人達との間で、限られた支援物資を巡って対立が起こったのを、お祈りの力で一つにすることが出来た、といういいお話を聞くことも出来ました!

ただ、わたしには重く感じる部分ばかりが印象に残ってしまった、というだけのお話です;;

こういったお話が特に印象に残った方には、全く辛くなく、むしろ感動を呼ぶいいお話だったのではと思います^ ^

今このタイミングでこのお話を聞いたことにも意味はある!

今このタイミングで、ちょっと重いと感じるお話を聞いたことにも、きっと意味があるものと思います。

疑問はたくさんお祈りしてイエス様にぶつけ、牧師先生や先輩クリスチャンの方々にも聞いてもらったりして、この山を越えることに意味があるのだと思うことにいたします。

人生、優しくされるばかりでは、成長がないですからね!

あらゆる困難ドンと来い!わたしにはイエス様がついているから大丈夫!という気持ちで臨もうと思います!

この山を越えていいお話が出来るようになったら、改めてアンサー記事を書きたいと思います!

以上、ペパーミントあいがお届けいたしました^o^

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