[ai] 祈っても聞かれないのは、神様がふさわしい時を備えておられるから。 | ペパーミントパラダイス

[ai] 祈っても聞かれないのは、神様がふさわしい時を備えておられるから。

こんにちは^ ^

ペパーミントあいです。

昨日8月30日(日)は、草加神召キリスト教会リバーサイドチャペルのマイティーサービスに参加してきました!

草加神召キリスト教会リバーサイドチャペルのマイティーサービス

草加神召キリスト教会リバーサイドチャペルは、東京スカイツリーライン 松原団地駅より徒歩5-10分ほどのところにある教会です。

マイティーサービスは毎週日曜日 17時半から行われている夕方の礼拝です。

詳しくは下記教会HPをご確認いただければと思います。

=== リバーサイドチャペル 草加神召キリスト教会 ===

この日のメッセンジャー

この日は教会の谷口さんという神学生の方がメッセージして下さいました!

アドナイ・イルエ

この日のメッセージのテーマは、アドナイ・イルエ。

「主は備えて下さる」という意味で、創世記の、アブラハムが息子イサクを神様に捧げようとした出来事に由来します。

1 これらの出来事の後、神はアブラハムを試練に会わせられた。神はアブラハムに「アブラハムよ」と呼びかけられると、彼は、「はい。ここにおります」と答えた。
2 神は仰せられた。「あなたの子、あなたの愛しているひとり子イサクを連れて、モリヤの地に行きなさい。そしてわたしが示す山の上で、全焼のいけにえとしてイサクをわたしにささげなさい」
3 翌朝早く、アブラハムはろばに鞍をつけ、ふたりの若い者と息子イサクをいっしょに連れて行った。彼は全焼のいけにえのためのたきぎを割った。こうして彼は、神がお告げになった場所へ出かけて行った。
4 三日目に、アブラハムが目を上げると、その場所がはるかかなたに見えた。
5 それでアブラハムは若い者たちに、「あなたがたは、ろばといっしょに、ここに残っていなさい。私と子どもとはあそこに行き、礼拝をして、あなたがたのところに戻ってくる。」と言った。
6 アブラハムは全焼のいけにえのためのたきぎを取り、それをその子イサクに負わせ、火と刀とを自分の手に取り、ふたりはいっしょに進んで行った。
7 イサクは、父アブラハムに話しかけて言った。「お父さん」すると彼は「何だ。イサク」と答えた。イサクは尋ねた。「火とたきぎはありますが、全焼のいけにえのための羊は、どこにあるのですか」
8 アブラハムは答えた。「イサク。神ご自身が全焼のいけにえの羊を備えて下さるのだ」こうしてふたりはいっしょに歩き続けた。
9 ふたりは神がアブラハムに告げられた場所に着き、アブラハムはその所に祭壇を築いた。こうしてたきぎを並べ、自分の子イサクを縛り、祭壇の上のたきぎの上に置いた。
10 アブラハムは手を伸ばし、刀を取って自分の子をほふろうとした。
11 そのとき、主の使いが天から彼を呼び、「アブラハム。アブラハム」と仰せられた。彼は答えた。「はい。ここにおります」
12 御使いは仰せられた。「あなたの手をその子に下してはならない。その子に何もしてはならない。今、わたしは、あなたが神を恐れることがよくわかった。あなたは、自分の子、自分のひとり子さえ惜しまないでわたしにささげた」
13 アブラハムが目を上げて見ると、見よ、角をやぶにひっかけている一頭の雄羊がいた。アブラハムは行って、その雄羊を取り、それを自分の子の代わりに、全焼のいけにえとしてささげた。(創世記22章1-14節)

紛争地帯に住んでいた女の子の話

ある紛争地帯に住んでいた女の子が、両親を亡くし、そのような子供を支援している施設に保護されました。

そこはクリスチャンの人達が運営している施設でした。

その子は目の前で親を殺されたショックから、全く口を利くことも出来なくなっていましたが、施設の人達が愛情深く、愛をもって親身に話しかけ続けると、次第に心を開くようになりました。

だんだん明るくなり、気が付いたら、自分と同じような境遇の子供たちを助けるようになりました。

そんな時、一人の男の子が施設に保護されました。
その男の子も女の子同様、両親を目の前で殺され、心に傷を負っていました。

女の子は、自分が施設の人達にしてもらったように、男の子に愛情深く話しかけ続けました。

そして、両親を亡くしたばかりの男の子のため、祈るようになりました。
それは「あの子にお母さんの代わりになるようなお人形をください」というものでした。

この施設には様々な物資が届きますが、そのほとんどは食べ物や衣食住に関するものばかりで、子供たちが遊ぶおもちゃが入っていることは、まずありません。

施設の人達は彼女がそう祈っていることを知りましたが、祈りがなされたのは物資が届く前日だったため、その時点でお人形が届くように手配することは出来ませんでした。

でも、いざ届いた物資の箱を開いてみると、お人形が入っていました!

女の子は、自分もそのお人形が欲しかったのですが、一回だけぎゅーっと抱きしめると、男の子にプレゼントしたそうです。

このように、現実的に考えたら難しいことでも、祈れば聞かれることが本当にあります。

神様はわたしたちの願いを聞いて下さり、また、必要を満たして下さるのです。

神の時

わたしたちのお祈りを、神様は必ず聞いて下さっています。
でも、神様からの回答は「Yes」「No」「待ちなさい」のどれか。
この日のメッセージは、その回答が「待ちなさい」だった場合のお話でした。

わたしたちは「いついつまでにこれが欲しい」と祈ることがあります。

でも、その祈りが必ずしも、こちらが指定した期日までに叶うとは限りません。

それは、自分が望んだタイミングではなく、神様がもっとも相応しい時に叶えて下さるからなのです。

一世クリスチャン(親がクリスチャンでないクリスチャン)の中には「もっと早くイエス様のことを知りたかった」と思われる方も多いようですが、早ければ早いほどいいというものでもありません。

その人にもっとも相応しいタイミングで、神様は導いて下さっているのです。

15年以上もてんかんと鬱に悩まされた姉妹の話

谷口神学生が関わったある教会の姉妹は、15年以上もてんかんの持病と鬱に悩まされていました。

祈っても癒されず、一時は教会にさえ、行くことが出来なくなりました。

でも最近、教会に来れるようになり、洗礼を受けたとのこと。
そうしたら、すっかり癒されたそうです!

(正確には、完治したかは分からないので念のため受診はしているけれど、症状は全く出なくなったとのこと)

谷口神学生が「もっと早き治りたかったですか?」とその姉妹に尋ねたところ「全然そうは思わない。今癒されてとても幸せです」と答えたそうです。

二世クリスチャンだけど30過ぎてから神様を信じたわたしの話

ちなみにわたしは、父が牧師、母もクリスチャンというクリスチャン一家に生まれましたが、本気でイエス様を信じたのは、本当につい最近の話。

それこそ、子供の頃から聖書のこと、イエス様のことを教えられてきましたが、長い間反発し、30を過ぎてからふとしたきっかけで信じるようになりました。

親に言われたからクリスチャンにならなければいけない、という強制された気持ちで洗礼を受けても、きっと本当の意味でクリスチャンにはなれなかったと思います。

これがわたしがイエス様と本当の意味で出会う最高のタイミングだったと確信しています。

神様のなさることは、すべて、時に叶い、美しいのです。

神のなさることは、すべて時にかなって美しい。(伝道者の書3章11節)

※新改訳聖書では伝道者の書、新共同訳聖書ではコヘレトの言葉

主に求める

上記、創世記の箇所で、アブラハムは神様から試されたことで、それなりの動揺はあったものと思います。

でもアブラハムは、そのことを真っ先に人に相談することはせず、神様を頼りにしました。

それは、神様が「イサクから続く子孫が星の数ほど増え、あなたを大いなる国民の父とする」と約束して下さっていたので、神様がイサクを返して下さる確信があったからと思われます。

そのことを、新約聖書のヘブル人への手紙で解説されています。

17 信仰によって、アブラハムは、試みられたときイサクをささげました。神は約束を与えられていましたが、自分のただひとり子をささげたのです。
18 神はアブラハムに対して、イサクから出る者があなたの子孫と呼ばれる」と言われたのですが、
19 彼は、神には人を死者の中からよみがえらせることもできる、と考えました。それで彼は、死者の中からイサクを取り戻したのです。これは型です。(ヘブル人への手紙11章17-19節)

※新改訳聖書ではヘブル人への手紙、新共同訳聖書ではヘブライ人への手紙

あるホームレスの話

谷口神学生が奉仕をされているリバーサイドチャペルの別支部のチャペルに、ある日、ホームレスの方がやってきました。

その人はお金を求めて様々な教会を渡り歩いたそうですが、どの教会も「祈ってるから」と言われるだけで、お金を恵んではくれないと、教会の人に対して怒っていたそうです。

その日、そのチャペルにふだんいる先生は不在で、責任者と呼べる立場の人は谷口神学生しかおらず、対応に困りました。

お金を渡して納得してもらおうにも、手持ちはなく、不在の先生とは連絡も取れません。

その日は谷口神学生がメッセージをすることになっていましたが、その内容は「神が備えて下さる」という内容のものだったので、それを聞いたらホームレスさんは怒ってしまうだろうと、悩みました。

でもそんな時、神様に祈ったところ、自分が真っ先に神様を頼っていなかったことに気付かされたそうです!

神様をより頼んでメッセージをしたところ、そのホームレスさんは逆ギレすることなく、大人しく帰って下さったとのことです。

実は教会のリーダーだったホームレス

そのホームレスの方は、実は以前、ある教会のリーダーを務めていたことがあったそうです!

どういった経緯でホームレスになってしまわれたのかは分かりませんが、きっと神様のご計画があってのことと思います。

その方は別の日にも教会を訪れたそうですが、その時は怒鳴ったり、金銭を要求してくることはなく、

それどころか、教会のあるべき姿について悩んでいた谷口神学生に、こう言ったそうです。

「整えられた、凹凸のない真四角なピースの集まる教会は、ちょっとした衝撃ですぐに崩れてしまう。でもパズルのように凹凸なピース、抜きん出ているところもあれば欠けているところもある人の集まる教会は、しっかり結びついていける」

個人的には、この方のメッセージが一番心に刺さりました(笑)

望みえない時に望みを抱くのがクリスチャン

わたしたちは「こうなることがベストだ!」と思ったことを望み、神様に祈ります。

なのでそれが聞かれないと、失望してしまいます。

でも、神様から見たら、わたしたちが勝手にベストだと思ったことがベストではない場合も多いのです。

神様はわたしたちが想像している以上のベストを用意して下さるので、自分がベストだと思った願いが聞かれなかったからといって、落ち込む必要はありません。

聖書にこんな箇所があります。

彼は望みえない時に望みを抱いて信じました。それは、「あなたの子孫はこのようになる」と言われていたとおりに、彼があらゆる国の人々の父となるためでした。(ローマ人への手紙4章18節)

※新改訳ではローマ人への手紙、新共同訳ではローマの信徒への手紙

これも上記のアブラハムに関する箇所です。

望みえない時に望みを抱く、とは、まさに信仰の祖、クリスチャンのお手本のようですね。

望みえない時に望むなんて、ふつうの人間にはとうてい、出来っこありません。

でも、出来ないことのない神様に望みを置くクリスチャンなら、出来ることではないでしょうか?

だってわたしたちは、その神様を信じているのですから。

望んだ通りにはならなくても、神様を求めれば、神様は最善の働きをして下さいます。

でも、求めなければ、それっきり。
求めないのは、神様なんていなくても平気と認めることです。

神様を信じて求めていけば、光が与えられ、伝えていくことが出来ます。

もっと神様を求めていこうではありませんか!

まとめ

以上が、この日語られたメッセージの、わたしなりの解釈です。
かなり意訳が入っていることは、どうかご了承願います。

信仰の祖 アブラハムから学んだこと、祈りが望んだ通りに叶えられない理由、そして、神様を求めることの大切さを学びました。

谷口神学生を通してこれらのメッセージを語って下さった主に感謝いたします。

以上、ペパーミントあいがお届けいたしました。

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