[ai] 申命記2章 北上の命令〜ヘシュボンの王シホンとの戦い | ペパーミントパラダイス

[ai] 申命記2章 北上の命令〜ヘシュボンの王シホンとの戦い

こんにちは^ ^

ペパーミントあいです。

今日は申命記2章を読みました。

申命記2章

[ai] 申命記1章 はじめに〜主の怒りと民の不服従 の続きです。

本章には

  • 北上の命令(1-23節)
  • ヘシュボンの王シホンとの戦い(24-37節)
  • ※サブタイトルは新共同訳聖書より

について書かれていました。

以下は、受洗1年5ヶ月目のわたしが本章を読んだ感想です。

解釈には注釈、解説書、教会で得た知識等を総動員させていただいておりますが、聖書について詳しくお知りになりたい方は、お近くの教会へ行って、牧師先生に聞いてみて下さいね^ ^

北上の命令(1-23節)

長い間セイルの山地を巡ったイスラエルの民に、神様は、再び向きを変えて出発するよう命じられました。

「北へ向かいなさい。あなたたちはこれから、親族エサウの子孫の領内を通る。彼らはあなたたちを恐れているから、よく気をつけなさい。彼らに戦いを挑んではならない。彼らの土地は、足の裏で踏めるほどのものであっても与えない。セイルの山地はすでにエサウの領地として与えた。食べ物も飲み物も、彼らからお金を払って取りなさい」

イスラエル人はヤコブの子孫、セイルの山地に住むエドム人は、ヤコブの兄エサウの子孫です。

イスラエルの民はエドム人の領地を迂回し、モアブの荒野へ向かいます。

ここに住むモアブ人は、アブラハムの甥ロトの子孫です。

(アブラハムはヤコブのお祖父さんなので、こちらも親戚筋の民族ということになります)

神様はモーセに言われました。

「モアブを敵とし、彼らに戦いを挑んではならない。わたしはその土地を領地としてあなたには与えない。アルの町はすでにロトの子孫に領地として与えた。立ち上がって、ゼレド川を渡りなさい」

イスラエルの民はゼレド川を渡りますが、カデシュ・バルネアを出発してからゼレド川を渡るまで、38年の年月を要します。

前章の斥候の一件で民が神様の怒りを買い、40年間荒野を彷徨う運命を課せられたからでした。

そのあいだに、神様に文句を言って約束の地に入ることを許されなかった世代の戦闘員(20歳以上の男子)は、一人もいなくなります。

その後神様は、民にアンモン人の領地の近くを通るように言われますが、アンモン人に戦いを挑んではならない、と言われました。

アンモン人の土地も、神様がロトの子孫に領地として与えたからでした。

モアブ人はロトと姉娘の子モアブの子孫、アンモン人はロトと妹娘の子ベン・アミの子孫です。

参照 : [ai] 創世記19章 ソドムの滅亡とロトの娘たち

ヘシュボンの王シホンとの戦い(24-37節)

エドム人、モアブ人、アンモン人の領地は与えないと言われた神様でしたが、アモリ人の領地は手に入れるように言われました。

「見よ、わたしはヘシュボンの王アモリ人シホンとその国をあなたの手に渡した。シホンに戦いを挑み、占領を開始せよ。今日わたしは諸国民があなたに脅威と恐れを抱くようにする。彼らはあなたのうわさを聞いて、震えおののくであろう」

モーセはいきなり戦いを挑むことはせず、シホンに「領内を通過させて下さい」と友好使節を送りますが、シホンがイスラエル人に戦いを挑んできたため、イスラエル人はその全軍と戦います。

これを打ち破り、奪った家畜以外は全て滅ぼし尽くしました。

感想

「抑止力のために、強い武器を持とう。核兵器を作る技術を持っていることをアピールしよう」と言う人がいます。

その言い分に、ずっと違和感を感じてきましたが、今日、答えが一つ示された気がしました。

4節で神様は「彼らはあなたたちに恐れを抱いているから、気をつけなさい」と言われているんですよね。

上記の人たちの言う抑止力とは、言わば、強い武器を見せつけて脅すこと。

日本はこんな強い武器を持ってるよ、攻撃したらこの武器で反撃されるからヤバイよ、と、周りを脅すことです。

脅して、恐れを抱かせることです。

でも神様は「彼らはあなたたちに恐れを抱いているから、気をつけなさい」とおっしゃっているんですよね。

抑止力を主張する人たちの言い分が正しければ、恐れていれば、怖いから一切攻撃してこないはず。イスラエル人が気をつける必要はありません。

でも、そう考えると、25節がちょっと謎なんですよねm(_ _)m

「今日わたしは天下の諸国民があなたに脅威と恐れを抱くようにする。彼らはあなたのうわさを聞いて、震えおののくであろう」

恐れられるのは良いことじゃないと思ってたのに、今度は恐れられるようにするんですかい神様!?

シホン王の領地をイスラエルに渡すために、恐れを抱かせ、攻撃させたと考えることも出来ます。

そう考えると、恐れて攻撃した方はやられちゃったわけですから、脅して恐れさせてわざと攻撃させて叩く、という戦法は正しいの??とも思えてしまいます。

でも、結局のところ、「攻撃させない」ことは出来ていません。

神様のご介入がなければ、返り討ちに出来ていたかどうかさえ分かりません。

それに。

抑止力のために武器を持とうと言っている人達って、相手を恐れさせる前に、自分たちの心がすでに恐れでいっぱいに見えるんですよね。

自分を強く見せて脅そうとすることも、攻撃の一環であると考えれば、やっぱり、恐れて攻撃仕掛けた側の方が負けじゃない?という気がします。

……そんなことが頭の中をぐるぐる巡り、いろいろ分からなくなってきましたm(_ _)m

以上、ペパーミントあいがお届けいたしました!

次回は [ai] 申命記3章 バシャンの王オグとの戦い〜モーセの願い についてお届けいたします。

お楽しみに!

スポンサーリンク







[ai] 申命記2章 北上の命令〜ヘシュボンの王シホンとの戦い
この記事をお届けした
ペパーミントパラダイスの最新ニュース情報を、
いいねしてチェックしよう!

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク