[ai] 民数記20章 メリバの水〜アロンの死 | ペパーミントパラダイス

[ai] 民数記20章 メリバの水〜アロンの死

こんにちは^ ^

ペパーミントあいです。

今日は民数記20章を読みました。

民数記20章

[ai] 民数記19章 清めの水 の続きです。

本章には

  • メリバの水(1-13節)
  • エドム王との交渉(14-21節)
  • アロンの死(22-29節)
  • ※サブタイトルは新共同訳聖書より

について書かれていました。

以下は、受洗1年3ヶ月目のわたしが本章を読んだ感想です。

解釈には注釈、解説書、教会で得た知識等を総動員させていただいておりますが、聖書について詳しくお知りになりたい方は、お近くの教会へ行って、牧師先生に聞いてみて下さいね^ ^

メリバの水(1-13節)

イスラエルの民はツィンの荒野に入り、カデシュという所に滞在しました。

ここで、モーセとアロンの姉のミリアムは亡くなり、この地に埋葬されます。

この地には民に飲ませる水がありませんでした。

民達は徒党を組んで、モーセとアロンに逆らいます。

「同胞が主の御前で死んだ時、我々も死んでいたら良かったんだ。なぜこんな荒野に主の民を引き入れたのですか?我々と家畜を死なせるためですか?なぜ我々をエジプトから導き上らせて、こんな酷いところに連れてきたのです。ここには種を蒔く土地も、飲み水さえないではありませんか」

……同じようなやり取りを、過去に幾度も見たような気がしますm(_ _)m

モーセとアロンが神様に祈ると、神様はモーセに言われました。

「あなたは杖を取り、兄弟アロンとともに共同体を集め、彼らの目の前で岩に向かって、水を出せと命じなさい。あなたはその岩から水を出し、共同体と家畜に水を飲ませるがよい」

モーセは言われた通り杖を取ると、アロンとともに民を集め、言いました。

「反逆する者らよ、聞け。この岩からあなたたちのために水を出さねばならないのか」

モーセが手を上げ、その杖で岩を二度打つと、水がほとばしり出たので、民も家畜もそれを飲みました。

でも、神様は「岩に向かって命じなさい」と言っただけで、二度打つようには言われませんでした。

神様が水を出すのに、神様の栄光を示さず、自分たちが出しているかのように振る舞ったことも、神様のお怒りに触れました。

「あなたたちはわたしを信じることをせず、イスラエルの人々の前にわたしの聖なることを示さなかった。それゆえ、あなたたちはこの会衆を、わたしが彼らに与える土地に導き入れることはできない」

これがメリバ(争い)の水。

イスラエルの人々が神様と争い、神様がモーセとアロンを裁くことによって、ご自身の栄光を示された場所です。

エドム王との交渉(14-21節)

モーセはカナンの地に上るため、エドムの王に領内を通らせてもらいたいと交渉しますが、通らせてもらえません。

迂回することになりました。

イスラエル人はヤコブも子孫で、エドム人はエサウの子孫です。

アロンの死(22-29節)

イスラエルの民はカデシュを旅立ち、ホル山に着きました。

ホル山はエドム領の国境にあります。

ここで、神様はモーセとアロンに言われました。

「アロンは先祖の列に加えられる。わたしがイスラエルの民に与える土地に、彼は入ることができない。あなたたちがメリバの水のことでわたしの命令に逆らったからだ。アロンとその子エルアザルを連れてホル山に登り、アロンの衣を脱がせ、その子エルアザルに着せなさい。アロンはそこで死に、先祖の列に加えられる」

モーセは命じられた通り、民全体が見守る中、アロンとエルアザルとともにホル山に登ります。

モーセはアロンの大祭司の衣をエルアザルに着せました。

アロンはその山の中でなくなります。

モーセとエルアザルが山から戻ると、民たちはアロンが息を引き取ったことを悟り、30日間、アロンの死を悼んで泣きました。

感想

モーセは約束の地を目前にしながら、そこに入ることが出来ませんでした。

その理由となっているのが、メリバの水の一件です。

神様は「杖を取り、岩に向かって水を出すように命じなさい」と言われましたが、この時モーセは、相当イライラしていたのか、岩を二度打ちました。

(過去に岩から水を出した時には、杖で岩を打っているので、その時と混同したのかもしれません)

いつもなら「主が水を出して下さるのだ」的なことを言って神様の栄光を示すのですが、この時はよっぽどイライラして余裕がなかったのか「お前らのために水を出さないといけないのかよ」というようなことを言いました。

モーセのような理派な指導者でも、人間なのでイライラすることはあります。

でも、立派な指導者であるがゆえに、神様は厳しい裁きを下されました。

ただの一介のクリスチャンと、牧師などの指導する立場の人では、神様に従わなかった時の裁きの大きさが違います。

権威や影響力が与えられている人ほど、責任も大きいのです。

だからこそ、その責任の重さに耐えられる人にしか、神様は指導者を任されないのでしょうね。

民数記では度々、民やモーセの兄弟たちが「お前ばっかり権限与えられてずるい」と文句を言ってきましたが、そんな器の小さい人が指導者になったら、民はしっちゃかめっちゃかになるだろうなと思います。

指導者には、神様に選ばれた人がなるべきです。

以上、ペパーミントあいがお届けいたしました!

次回は [ai] 民数記21章 カナン人に対する勝利〜シホンとオグに対する勝利 についてお届けいたします。

お楽しみに!

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