[ai] 民数記11章 民の不満〜うずら | ペパーミントパラダイス

[ai] 民数記11章 民の不満〜うずら

こんにちは^ ^

ペパーミントあいです。

今日は民数記11章を読みました。

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民数記11章

[ai] 民数記10章 二本の銀のラッパ〜契約の箱 の続きです。

本章には

  • 民の不満(1-30節)
  • うずら(31-35節)
  • ※サブタイトルは新共同訳聖書より

について書かれていました。

以下は、受洗1年3ヶ月目のわたしが本章を読んだ感想です。

解釈には注釈、解説書、教会で得た知識等を総動員させていただいておりますが、聖書について詳しくお知りになりたい方は、お近くの教会へ行って、牧師先生に聞いてみて下さいね^ ^

民の不満(1-30節)

イスラエルの民は、「マナばかりで飽きた。肉が食べたい」と神様に不満を言いだしました。

彼らが神様にエジプトから救い出された恩も忘れ、マナを降らせてもらっている恩も忘れ「エジプトでは色んなものが好きなだけ食べられたのに、マナばかりで何もない」なんて言うものだから、神様は怒って宿営を焼き尽くそうとされました。

モーセが執りなして祈ったので何とか収まりましたが、民は不満を言うのをやめません。

※イスラエル人はたくさんの家畜を飼っていましたが、みんながお腹いっぱい食べるには十分ではなかったようです。

モーセは苦しみ、神様に助けを求めます。

神様はモーセに、長老たちと役人70人を呼ぶように言われました。

神様は彼らに、モーセに降らせている聖霊の一部を与えて、モーセの役割の一部を担わせました。

そして「吐いて捨てるほど肉を与えよう」と言われました。

「吐いて捨てるほど」というのは、私の意訳です。

文句を言ったから、吐き気を催すほど食べさせるという意味なようです。

モーセが70人の長老たちを集めると、彼らに聖霊が降り、預言を語るようになりました。

それは一時的で、長くは続かなかったようですが、聖霊が降ったのが一時的という意味ではなく、モーセの役割の一部を担ったことを意味するようです。

また、長老のうち、呼ばれたけれど来れなかったエルダドとメダドという人にも聖霊が降り、預言を語るようになりました。

そのことを知ると、モーセの従者のヨシュアは、モーセに止めさせるように言いましたが、モーセはこう言いました。

「あなたは私のためを思ってねたむ心を起こしているのか。私は、主が霊を授けて、主の民全てが預言者になればいいと切望しているのだ」

うずら(31-35節)

神様が風を吹かせると、大量のうずらが宿営の周囲に集まってきました。

民は出て行って、終日終夜、うずらを集め続けました。

神様はこの貪欲な民に怒りを発し、激しい疫病で彼らを打たれました。

そのためこの場所は、「キブロト・ハタワア(貪欲の墓)」と呼ばれるようになりました。

その場所に貪欲の民を埋めたからです。

感想

イスラエル人、わがままですねm(_ _)m

神様の怒りの炎で焼き尽くされかけたら、恐れをなして黙ると思うのですが……偉大な業を見過ぎて、悪い意味で免疫がついちゃったんですかね??

でもそういう心は私たちも少なからず持っているので、他人事だと思ってはいけません。

個人的に注目したのは、モーセがヨシュアに言った言葉です。

ヨシュアはモーセ以外の人がモーセのようになることを快く思いませんでしたが、モーセは、全ての民が霊を受けて預言者になってほしいと言いました。

解説書には「小人物は独占欲が強く、自分だけが特権を握りしめていたいと思うけれど、真に偉大な人物は、他も自分と同じように高められてほしいと願うものだ」と書かれていましたが、その通りだと思いました。

そこで真っ先に思い浮かんだのが、今、私がネットビジネスについて学んでいる先生のこと。

その方は様々な事業やネットビジネスにお詳しい方なのですが、ご自身の知識をどんどん広めて、みんながこのビジネスで稼げるようになってほしいと言われます。

「そんなことしたらライバルが増えて稼げなくなるじゃん?胡散臭」と、初めは思っていましたが、お話を伺っているうちに、そのビジネスの市場を広げることによってますます活性化すること、同時に「健全化」していくことが分かりました。

広まることによって、粗悪品や粗悪なやり方は通用しなくなり、本当にいいサービスを提供する人だけが生き残れるようになるのだそうです。

ネットは故意に人を陥れるような情報も多いけど、悪事や不正を暴露しやすい場所でもあるため、これからの時代は正直にならないとバカを見るという声もあるほど。

そうなってほしいです。

そして、それは教会も同じかもしれません。

日本のクリスチャンが弱く、名ばかりクリスチャンが多いのは、クリスチャンという市場、教会という市場が活性化していないからかもしれません。

自分たちだけが神の子の特権、永遠の命を得る特権を独占していればいいやと思っているから、リバイバルも来なければ、真に主の栄光を現すクリスチャンも、世に現れないのかもしれません。

(いない、という意味ではなく、世の中に認知してもらえるほどにはいない、という意味で)

以上、ペパーミントあいがお届けいたしました!

次回は [ai] 民数記12章 ミリアムとアロン についてお届けいたします。

お楽しみに!

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