[ai] 日本のキム・ヨナ選手のファンから学んだ。キリストの言う「迫害の恵み」 | ペパーミントパラダイス

[ai] 日本のキム・ヨナ選手のファンから学んだ。キリストの言う「迫害の恵み」

こんにちは^ ^

ペパーミントあいです。

先日、母教会京都グレースバイブルチャーチの早天祈祷会にて、ヨハネによる福音書15章18-27節を読みました。

迫害の予告

当箇所は、新共同役聖書では「迫害の予告」というサブタイトルがついています。

その名の通り、イエスが弟子たちに対して、「イエス・キリストを信じているがゆえの迫害が起こる」と予告しています。

イエス・キリストを信じているがゆえの迫害とは?

この世の人々は理由もなく神を憎んでいるから、イエス・キリストを信じる者、父なる神様を信じる者は迫害されるのだそうです。

事実、イエス・キリストが昇天されたあと、キリストの福音を宣べ伝えた使徒たちは、ことごとく迫害に遭っています。

歴史的にはちょうどローマ帝国の全盛期で、ローマ帝国によるキリスト教徒の迫害が酷かった時期ですからね。

日本でも江戸時代、鎖国中は徳川幕府の方針でキリスト教が禁じられ「踏み絵」によって隠れキリシタンをあぶり出して処刑する、という迫害が行われました。

今日の日本では、さすがにクリスチャンであるというだけで命を狙われるようなことはありませんが、クリスチャンというだけで変わった人のように見られたり、宗教というだけで胡散臭いと偏見を持たれたり、また「神に頼るなんて弱い奴だ」と蔑む人もいるようです。

これもある意味「迫害」なのではないでしょうか?

迫害さえも恵み

でも、この箇所に直接は書いてありませんが、キリストゆえの迫害は逆に恵みなのだ、と、聖書は言っています。

(福音書のあとの各手紙で、そういった箇所が何回も出てきます)

迫害が恵み、って、意味分かんないですよね(^_^;)

そんな時、ふと、フィギュアスケートのキム・ヨナ選手のことを思い出しました。

日本のキム・ヨナ選手のファンから学んだ「迫害」の恵み

韓国のキム・ヨナ選手といえば、2010年バンクーバー五輪の金メダリストで、他にもたくさんのタイトルを取得している天才スケーターです。

同い歳の浅田真央選手とのライバル関係は、あまりにも有名です。

しかしながら、キム・ヨナ選手、ネット上では浅田真央選手のファンから相当嫌われている様子。

彼女の優勝した試合は全て八百長だとか、とにかくバッシングが酷く、各種SNSやヤフーニュースのコメント、浅田選手のファンの個人ブログに至るまで、とても見れたものではありません。

もっとも、ネット上で目立って発言している人達って、実際には全人口の3%程度の人達のようなので、本当に日本中から嫌われているわけではないとは思います。

(現に、わたしの母はヨナ選手の大ファンなので)

それでも、キム・ヨナ選手のファンの方にとってはたまりません。

大好きなキム・ヨナ選手のことを語りたくても、ネットでは語れる場所がなかなかない。
キム・ヨナ選手の情報集めをしていても、悪口ばかりがヒットしてしまう。

ある意味、迫害されているようなものですよねm(_ _)m

ヨナ選手のファンは、浅田真央選手のファンに見つからないように、仲間内でこっそり集まる場を作ったりして、楽しんでいるようです。

わたしは以前そのような場所を偶然見つけ、書き込みを拝見させていただきましたが、とてもいい場だったように思えます。

会話のほとんどは、キム・ヨナ選手に関する楽しい話ばかり。

でも時々、ネット上のバッシングが辛くなってしまう人もいる。そんな時は他の仲間が慰めたりしていて、いい仲間だなと思いました。

ヨナ選手に関する情報も、検索すると悪口しかヒットしないので、代表者の方が先に拾ってきてURLを貼り付けてあげたり、悪口がヒットしない検索方法を伝授してくれたり。

楽しい時だけでなく、辛い時も支え合って、本当にいい仲間だなと思いました。

逆に、浅田真央選手のファンは、浅田選手の楽しい話題で盛り上がっているファンもいますが、キム・ヨナ選手をはじめ、その他ライバルにあたる選手へのバッシングがメインになっているように感じました。

その中でも特に槍玉に挙げられているのが、キム・ヨナ選手なんですよね。。。

応援するのに障害のあるキム・ヨナ選手のファンはファン同士が支え合い、応援するのに何の障害もない浅田真央選手のファンは、ライバルへのバッシングへ走り、傷付ける側に回る。

皮肉なものだなと思います。

もちろん、浅田選手のファンがみんなこういう方ばかりではないと思います。ちゃんとした良心的なファンもたくさんいて、このようなファンに対して迷惑に感じている方もいらっしゃるものと思います。

でも残念ながら、バッシングが大好きなファンが悪目立ちしてしまっているのが現実です。。。

苦難があったからこそ、支えあえたのかもしれない

聖書には

そればかりでなく、苦難をも誇りとします。わたしたちは知っているのです。苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生むということを。希望はわたしたちを欺くことがありません(ローマの信徒への手紙5章3~5節)

という箇所があります。

日本の(一部ですが)キム・ヨナ選手のファンを見ていると、酷いバッシングを受けているという苦難があったからこそ、忍耐が生まれ、仲間同士で支え合うという希望が生まれたのかなと思いました。

そう思ったら、苦難もそんなに悪いものではないような気がしてきました^ ^

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