こんにちは^ ^
ペパーミントあいです。
今日は創世記9章を読みました。

創世記9章
本章は
「祝福と契約」(1-17節)
「ノアと息子たち」(18-28節)
の、二段落構成でした。(サブタイトルは新共同訳聖書より)
祝福と契約
こちらが本9章ではメインとなる箇所。
洪水の後、神様が空に契約の虹を架けられ、「ノアとその家族を祝福すること」と「二度と洪水で地上の生き物を滅ぼさない」ことが約束されました。
また、全ての生き物を食べてもいいことや、人の血を流す者は人によって血を流されることも書かれています。
洪水については、前の章の記事をご参照下さい。
[ai] 創世記 6章 〜ノアの箱舟〜 | ペパーミントダイアリー for ジーザス!
[ai] 創世記 7章 〜ノアの箱舟2〜 | ペパーミントダイアリー for ジーザス!
[ai] 創世記 8章 〜ノアの箱舟3〜 | ペパーミントダイアリー for ジーザス!
ノアと息子たち
箱舟から出たあと、ノアがぶどう園の農夫になったこと。
酔っ払って全裸になってしまったこと。
それを見た息子のハムが、他の二人の兄弟、セムとヤフェトに話したこと。
それを聞いた二人がそっとお父さんに着物をかけてあげたこと。
酔いから醒めたノアが、そのことを知ってハムの息子のカナンを呪ったことが書かれています。
後半の段落については、以下に感想を書こうと思います。
あくまでも受洗半年のわたしが思った感想ですので、聖書についてお知りになりたい方は、お近くの教会へ行って、牧師先生に聞いてみて下さいね^ ^
カナンは呪われよ!
24 ノアは酔いからさめると、末の息子がしたことを知り、 25 こう言った。
「カナンは呪われよ。奴隷の奴隷となり、兄たちに仕えよ。」(創世記9章24-25節)
現代のわたしたちの感覚では、悪いのはハムで、息子のカナンは関係ないだろ、と思いますよね。
さらに言うと、そもそも酔っ払って脱いじゃった自分が一番悪いのであって、何を偉そうに、と思ってしまいます。
でも、のちの出エジプト記で出てくるモーセの十戒によれば、第5戒の「父と母を敬え」と第7戒の「姦淫してはならない」に違反しているため、罪になるのだそうです。
第5戒に関しては何となく分かるのですが、第7戒に関しては……やはり今ひとつよく分からないですねm(_ _)m
酔って脱いじゃった人を眺めたり、あるいはそのことを話しただけで姦淫の罪になってしまうのでは、世の中の多くの飲み会は成り立たないんじゃないかと思うのですが……
ただ聖書というのは、その時代の価値観に合わせて書かれている部分もあるので、まんま言葉通りに当てはめてしまうと、現代では無理のある部分もかなり出てきます(-_-)
ノアの時代の感覚では、一家の主であるお父さんの情けない姿を面白おかしく見物したり、外へ出て言って回るなど、考えられないくらい不謹慎なことであったのかもしれません。
それでも息子が呪われていることには疑問が残らずにはいられませんが、ハムの息子たちもハム同様、性格に難のあるところがあり「お前ら全員いい加減にしろお!」と、ノアの堪忍袋の緒が切れてしまったのかもしれません。
そして、この箇所が教えてくれていることは、もう一つあります。
ノアほどの信仰心の厚い人でも、酔って失敗することはある、ということです。
どんなに立派なクリスチャンでも、ダメな部分はある、罪を犯すことはあります。
だから人間ではなく、神様に一番の重きを置き、信頼していかないといけません。
以上、ペパーミントあいがお届けいたしました。
次回は [ai]【創世記10章】ノアの子孫 についてお届けいたします。
お楽しみに!