こんにちは^ ^
ペパーミントあいです。
今日は創世記22章を読みました。

創世記22章
[ai] 創世記21章 イサクの誕生とアビメレクとの契約の続きです。
本章には
- アブラハム、イサクをささげる
- ナホルの子孫
※新共同訳聖書の段落名より
について書かれていました。
以下は受洗8ヶ月目のわたしの個人的な解釈と感想です。
解釈には聖書の注釈、解説書、これまでに得た知識を総動員させていただいておりますが、より聖書についてお知りになりたい方は、お近くの教会へ行って、牧師先生に聞いてみて下さいね^ ^
アブラハム、イサクをささげる(1-19節)
1-19節には、アブラハムが神様の命令で、イサクをささげようとしたことが書かれています。
ここで言う「捧げ物」とは全焼のいけにえのこと。
なので、自分の息子を殺して焼いて神様に捧げようとした、ということになります。
神様も随分酷なことをおっしゃるし、それを言われた通り実行するアブラハムも、ふつうに考えたらどうなんだ!?と思いますよね^^;
しかも、聖書には「翌朝早く」とあるので、言われてすぐに実行したことになります。
物凄い従順ぶりです。
でも、これはあくまでも、神様がアブラハムの信仰を試してのことだったので、本当に殺す前に、神様は御使いを送って止めて下さいました。
そして、アブラハムは神様に止められたあと、すぐ近くに雄羊を見つけたので、これを捧げ物として屠りました。
(聖書の時代には、羊やその他の家畜を焼いて神様に捧げるのが一般的です)
以後アブラハムは、この場所を「アドナイ・イルエ(主は備えて下さる)」と名付けました。
わたしが読んでいる新共同訳聖書では「ヤーウェ・イルエ」と書いてありましたが、「アドナイ・イルエ」の方が一般的なので、こちらをタイトルにさせていただきました。
この場所が神様の指定した山での出来事だったので「主の山には備えあり」という意味に訳されることが多いです。
ナホルの子孫(20-24節
20-24節には、アブラハムの兄弟・ナホルの子孫について書かれていました。
子孫とは言っても、直系の息子や孫についてに記載ですが。。。
ナホルの息子・ベトエルの娘がリベカといって、のちにイサクの奥さんになります。
感想
イサクを捧げようとしたアブラハムの従順ぶりには、すでにクリスチャンの方なら「素晴らしい信仰心だ!見習わなければ」と驚嘆される方も多いかと思います。
でも、クリスチャンでない方からしたら、ちょっと引きますよね^^;
「神だからってそんな試しをしていいのか!」 とか「アブラハム主体性なさすぎだろ!」と思う方も多いと思います。
と、いうか、わたしがそうでした^^;
今でも若干、それが残っているので、これを肯定しようよすると「神が言うことだから正しいんだ!」と頭ごなしに無理やり納得させることしか出来ませんm(_ _)m
でも、5節では御付きの人達に「わたしは息子と礼拝してまた戻ってくる」と言っているし、
7-8節では「捧げ物の小羊はどこにいるのですか?」と尋ねるイサクに「焼き尽くす捧げ物の小羊はきっと神が備えて下さる」と、うろたえることなく答えているので、神様が悪いようにするはずはないという絶対的な信頼があったのかな、とは思います。
少なくとも、神様はわたしたちに出来もしないことは求められることはないので、全く同じことをわたしにお求めになることはないと思います(笑)
ただ一つ言えることは、人間相手に依存して従順になりすぎてはいけないけれど、神様ならそれをしても大丈夫、ということです。
以上、ペパーミントあいがお届けいたしました!
次回は [ai] 創世記23章 サラの死と埋葬 についてお届けいたします。
お楽しみに!