こんにちは^ ^
ペパーミントあいです。
今日は創世記11章を読みました。

創世記11章
本章には
- 「バベルの塔」(1-9節)
- 「セムの系図」(10-26節)
- 「テラの系図」(27-32節)
について書かれていました。
以下は、私が本章を読んで個人的に感じた感想です。
あくまで受洗半年の新米クリスチャンの個人的な感想ですので、もっとよく聖書の教えを知りたい方は、ぜひお近くの教会へ行って、牧師先生に聞いてみて下さいね^ ^
バベルの塔
あらすじ
かつて、世界の言語は一つでした。
人間の技術は日々進化し、人々は石の代わりにレンガを、しっくいの代わりにアスファルトを用いるようになりました。
でも、技術を進化させた人間たちは調子に乗り、
「天まで届く高い塔を建て、そこに町を作ろう!」
と、言いだしました。
そのことが神様の逆鱗に触れ、神様は人々の使う言葉をバラバラにしました。
言葉での意思疎通が出来なくなった彼らは、塔を建てるのをやめました。
神が人々の言葉を混乱(バラル)させたため、その町の名は「バベル」と呼ばれました。
聖書の注釈によると、これは「ノアの箱舟」以前の話ではないかとのことです。
ノアの箱舟に関しては、下記記事をご参照のこと。
「天まで届く」というのは、神様のところまで届く、という意味になるので、神様に対する反逆と取ることが出来ます。
実際の聖書では「神への反逆」とはっきり書かれてはいませんでしたが、私は小さい頃、牧師の父から「この人たちは神様に戦いを挑もうとしたんだよ」と教わりました。
でも、その高すぎる志は、言語をバラバラにされるという盲点をつかれ、あっさり打ち破られました。
神様は時として、人間には思いも及ばない方法で働きかけられますが、これもまさにそうですよね!
当時の人々にとって、言語が一つなのは至極当たり前で、それが全く違うものになるだなんて、欠片も想像出来なかったと思います。
神の力の恐ろしさを思い知らされます。
でも、その神様が私の味方になってくれたら、と考えたら、これほど心強いことはありません!
セムの系図
10-26節には、ノアの息子の一人、セムの子孫について書かれています。
セムから数えて8代先にテラが生まれ、テラの息子がアブラム(のちのアブラハム)です。
このアブラハムが聖書ではとても重要な人物で、「信仰の祖」と呼ばれています。
イエス・キリスト以降の新約聖書の人々は、時として「我々はアブラハムの子孫だ」と誇らしげに語る場面が多いのですが、それくらい、後の世まで尊ばれる人なのです。
この次の章からは、いよいよ、そのアブラハムの物語がスタートします!
テラの系図
ここにはテラの息子や息子の奥さん、孫のこと細かな系図が書かれています。
人物名ばっかりで頭がなかなかついていかないですよね^^;
でも、その後も登場する人物が多いので、一度先の章を読んでから読み返してみると、ああ、こういう人物相関図だったのか、と歯車が噛み合うと思います!
(私はそうでした(苦笑))
以上、ペパーミントあいがお届けいたしました!
次回は [ai] 創世記12章 アブラムの召命からエジプト滞在まで についてお届けいたします。
お楽しみに!