[ai] 出エジプト記33章 民の嘆き〜主の栄光 | ペパーミントパラダイス

[ai] 出エジプト記33章 民の嘆き〜主の栄光

こんにちは^ ^

ペパーミントあいです。

今日は出エジプト記33章を読みました。

出エジプト記33章

[ai] 出エジプト記32章 金の子牛 の続きです。

  • 民の嘆き(1-6節)
  • 臨済の幕屋(7-11節)
  • 民と共に行かれる主(12-17節)
  • 主の栄光(18-23節)

について書かれていました。

以下は、受洗11ヶ月目のわたしが本章を読んだ感想です。

解釈には注釈、解説書、教会で得た知識等を総動員させていただいておりますが、聖書について詳しくお知りになりたい方は、お近くの教会へ行って、牧師先生に聞いてみて下さいね^ ^

民の嘆き(1-6節)

神様はモーセに言いました。

「ここを発って、カナンの地に行きなさい。わたしは使いを先に遣わし、カナン人、アモリ人、ヘト人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人を追い出す。しかしわたしは、あなたの間にあって上ることはしない。あなたは頑なな民である」

先住民族を追い出して約束の地を与えるけれど、一緒には行かない、と、神様は言われたのです。

前の章に書いてあった幕屋建設はしなくて良い、という意味であると、注釈には書いてありました。

これを聞いた民は嘆き悲しみ、飾りを身に付けることをしませんでした。
この飾りで金の子牛を作り、神様を裏切り、お怒りを買ってしまったからです。

臨済の幕屋(7-11節)

モーセは天幕を一つ取って、それを宿営の外の離れたところに張り、「臨済の幕屋」と名付けました。

神様に伺いを立てる人は皆、この臨済の幕屋を訪れました。

いわば、臨時の礼拝堂みたいなものでしょうか?

モーセがこの幕屋に向かう時、民は全員起立してモーセを見送り、モーセが幕屋に入ると、雲の柱が幕屋の入り口に立って、神様はモーセと語られました。

それは、神様が永続的にこの幕屋には住まわれず、モーセが入ってきた時のみ現れることを意味します。

民と共に行かれる主(12-17節)

この臨済の幕屋の中で、モーセは神様に、もう一度共に上って下さるようお願いしました。

神様は、その説得を聞き入れ、もう一度共に上って下さることを約束されました。

主の栄光(18-23節)

モーセは神様に「あなたの栄光を見せて下さい」と言いました。

神様は、

「あなたは岩のそばに立ちなさい。我が栄光が通りすぎる時、わたしはあなたを岩の裂け目に入れ、わたしが通り過ぎるまで、わたしの手であなたを覆う。わたしが手を離す時、あなたはわたしの後ろを見るが、わたしの顔は見えない」

と言われました。

人は神様の顔を見ることは出来ない、見てなお生きていることは出来ないからだそうです。

感想

どうやら「もう一緒には行かないよ」という神様に、モーセが「もう一度一緒に来て下さいよ」と説得して、ゆるしてもらえた箇所のようですね。

イスラエルの民も、ここで嘆くくらいなら最初から金の子牛なんて作らなければ良かったのに、と思うのですが……

本当、人間、目に見えるものに惑わされやすいという教訓ですね。

聖書で読み直すと「切り替え早っ!」と思ってしまうことばかりですが、実際にはそこに至るまで、それなりの日数があって、それなりの不安や苦労があったから、心が神様から離れたのだろうとは思うのですが……

ちゃんとこの歴史から学ばなければなりません。

以上、ペパーミントあいがお届けいたしました!

次回は [ai] 出エジプト記34章 戒めの再授与〜モーセの顔の光 についてお届けいたします。

お楽しみに!

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