[ai] 出エジプト記10章 いなごの災い〜暗闇の災い | ペパーミントパラダイス

[ai] 出エジプト記10章 いなごの災い〜暗闇の災い

こんにちは^ ^

ペパーミントあいです。

今日は出エジプト記10章を読みました。

出エジプト記10章

[ai] 出エジプト記9章 疫病の災い〜雹の災い の続きです。

本章には

  • いなごの災い(1-20節)
  • 暗闇の災い(21-29節
  • ※サブタイトルは新共同訳聖書より

について書かれていました。

以下は、受洗9ヶ月目のわたしが本章を読んだ感想です。

解釈には注釈、解説書、教会で得た知識等を総動員させていただいておりますが、聖書について詳しくお知りになりたい方は、お近くの教会へ行って、牧師先生に聞いてみて下さいね^ ^

いなごの災い(1-20節)

いくらエジプトに災いを起こしても、ファラオはいっこうにイスラエルの民をエジプトから解放しようとしません。

神様の命を受けたモーセは、ファラオに向かってこう言いました。

「イスラエル人の神、主はこう言われた。『いつまであなたはわたしの前に身を低くすることを拒むのか。わたしの民を去らせ、わたしに仕えさせなさい。もしあなたがわたしの民を去らせないなら、明日、わたしはあなたの領土にいなごを送り込む。いなごは地表を覆い尽くし、地面を見ることも出来なくなる。雹の害を免れた残りのものを全て食い尽くす』と」

モーセがファラオの元を退出すると、家臣がファラオに進言します。

「彼らを去らせて、彼らの神、主に仕えさせましょう。エジプトが滅びかかっているのがお分かりになりませんか」

ファラオが神様の命令を頑なに拒み、イスラエルの民を去らせなかったため、これまで神様は、エジプトに様々な災いを起こしてきました。

ナイル川の水が血になったり、蛙やぶよが大量発生したり、雹が降って、人も家畜も農作物も壊滅的な被害を受けました。

さすがにここまで悪いことが続けば、神様の力だと認めざるを得ないし、これ以上災いが起これば本当にエジプトは滅びると、家臣は危機感を抱いたのでしょう。

家臣にこう言われ、ファラオはモーセとアロンを呼び戻しました。

そして、主に仕えるように言います。
でもそれは、「女性と子供と家畜は置いて、男だけで行け」という、制限付きのものでした。

全ての条件を飲むのはプライドが許さない、妻子を人質に取ることで完全には解放するまいという狙いを感じます。

人間同士の取引なら、条件を全部クリアするのは難しい場合もありますが、神様のおっしゃることを自分勝手な都合で制限をつけるのは、やはり驕りを感じますね。

結局ファラオが言うことを聞かなかったので、神様は予告していたことを実行されました。
モーセが杖をかざすと、東風が吹き、いなごの大群がエジプトに押し寄せます。
神様の予告された通り、雹の害を免れた木や草、緑のものは一つも残りませんでした。

ファラオはたまらず、モーセとアロンを呼び寄せます。

「あなたたちの神、主に対し、またあなたたちに対してもわたしは罪を犯した。どうかもう一度だけ過ちを赦して、主に祈願してもらいたい。こんな死に方だけはしないですむように」

モーセはファラオの元を出ると、神様に祈ります。
すると、神様は風向きを変えて西風を吹かせ、いなごの大群を去らせました。

ここで、ファラオは初めて、モーセらに対しても罪を犯したことを認めました。
でも結局、約束は守りませんでした。

暗闇の災い(21-29節)

神様は、今度はモーセに命じ、エジプト中に暗闇の災いを起こしました。

モーセが杖をかざすと、エジプト全土に暗闇が押し寄せ、三日間、人々は互いに見ることも自分の立っている場所も分からなくなりました。

でも、イスラエル人の住むゴシェンの地域には光がありました。

※この「暗闇の災い」の正体は、砂塵ではないかと言われています。砂塵が空気中を覆って、空が一切見えず、太陽の光が届かない災害を神様が引き起こしたものと考えられています。

ファラオはモーセを呼んで言いました。

「行って、主に仕えるがよい。ただし、羊と牛は残しておけ。妻子は連れて行ってもよい」

モーセは答えました。

「いいえ。あなた自身からも、いけにえと焼き尽くす献げ物をいただいて、我々の神、主にささげたいと思っています。我々の家畜も連れて行き、ひづめ一つ残さないでしょう。我々の神、主に仕えるためにその中から選ばねばなりません。そこに着くまでは、我々自身どれをもって主に仕えるべきなか、分からないのですから」

ファラオは言うことを聞きません。

「引き下がれ。二度とわたしの姿を見ないように気をつけよ。今度会ったら生かしてはおかない」

モーセは言いました。

「よくぞ仰せになりました。二度とお会いしようとは思いません」

感想

ファラオとしては、「この俺様がこんなに譲歩してやってるのに、まだ要求してくるつもりか!」といった心境だったのでしょうか?

神様に対して「この俺様が」とは、何と驕り高ぶった態度だと思います。

権力者とは、どんなに痛い目にあっても、どこまでも自分を低くすること、相手の要求を飲むこと、何かを手放すことを拒むものなのだなと思います。

そんな権力者、どこの国にもいますよね。

皆、神様からその国や地域を正しく管理するために権力を与えられているのに、それを自分たちの欲や金儲け、メンツのためだけに使い、弱いものを苦しめる。

その国や地域の将来がどうなろうと関係ない、自分たちさえプライドを満たされていい思いが出来ればいい。

そんな権力者のいる国は、このエジプトのように悲惨です。

ファラオが自分のプライドやメンツばかりを大事にして、神様に従わないものだから、次から次へと裁きが襲ってきます。

神様に従わないことで、結局、自分の国民のことも顧みていません。

本当に国民のことを考えている為政者なら、自分のメンツを守ることより、神様に従うことを選んだはずです。

だって、これらの災害が神様の起こされたものだと、ファラオは分かっているのですから。

でも、神様に従うイスラエルの民は、エジプトがどんな災いに見舞われても、無事でした。

周りがどんなに悲惨な状況にあっても、神様と結びついている人、神様に従う人には、神様は救いの手を差し伸べ、光を与えて下さるのです。

以上、ペパーミントあいがお届けいたしました!

次回は 出エジプト記11章 最後の災い についてお届けいたします。

お楽しみに!

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