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[ai] 人の望むものは変わらぬ愛。それを与えられるのは神様だけ!

こんにちは^ ^

ペパーミントあいです。

9月6日 草加神召キリスト教会リバーサイドチャペルのマイティーサービスに参加してきました!

草加神召キリスト教会リバーサイドチャペルのマイティーサービス

草加神召キリスト教会リバーサイドチャペルは、東京スカイツリーライン 松原団地駅より徒歩5-10分ほどのところにある教会です。

マイティーサービスは毎週日曜日 17時半から行われている夕方の礼拝です。

詳しくは下記教会HPをご確認いただければと思います。

=== リバーサイドチャペル 草加神召キリスト教会 ===

この日のメッセンジャー

この日お話して下さったのは、主任牧師の天野弘昌先生です。

人の望むものは変わらぬ愛。それを与えられるのは神様だけ!

天野先生は最近、動画サイトで恋愛ドラマを見ることにハマっておられるようです。

恋愛ドラマ、最近は恋愛に興味のない若者が増えたせいか、視聴率が全然取れないようですが、どんなドラマにも必ずといっていいほど、恋愛の要素は含まれていますよね!

また、どれだけ物やお金のない国でも、恋愛はあります。

人は恋愛というものに何を求めているのでしょうか?

そのヒントとなる箇所が、旧約聖書の箴言の中にありました。

人の望むものは、人の変わらぬ愛である。(箴言19章22節)

人は恋愛において、相手からの変わらぬ愛を求めているようです。

世界の離婚事情を考える

はたして恋愛において、相手からの変わらぬ愛を得ることは出来るのでしょうか?

まずは、世界の離婚事情を考えていきたいと思います。

    世界主要国の離婚率(上位より)

  1. ロシア
  2. アメリカ
  3. ドイツ
  4. イギリス
  5. フランス
  6. 日本
  7. イタリア
  8. ※引用元は不明

    離婚の主な原因

  • 性格の不一致
  • 異性関係の問題
  • 暴力を振るう
  • 精神的経済虐待
  • 浪費
  • ※引用元は不明

いずれも引用元が不明ですみませんm(_ _)m
今度、天野先生に聞ける機会があったら聞いておきます。

ただ言いたいことは、みんな相手のことが好きで、相手の愛は変わらないと思って結婚しますが、離婚する夫婦もたくさんいるということです。

特に離婚の理由を見ていただくと、結婚してみないと分からないことが多いですよね。

もちろん、いくつになっても仲のいいご夫婦もたくさんいらっしゃると思います。

でも一方で、離婚にまでは至らないけれど、あまり良好な関係とは言いがたいご夫婦も多いのではないでしょうか?

ちなみに、データはないけど、クリスチャンの離婚率は低いのだそうです。

「あいだにイエス様を置いて関わっているから、上手くいく」

と、天野先生はおっしゃっていました。

それでも、離婚する人はするんですけどね^^;

あるハンセン病の女性の話

どこの国の方か、またいつの時代の話かは分かりませんが、一人の若い女性がいました。

ある日、彼女はハンセン病であることが発覚し、感染を防ぐため、施設に隔離されました。
恋人にも捨てられました。

絶望に打ちひしがれたことと思います。

でもその施設は、幸いにもクリスチャンの運営している施設で、スタッフの方々はそれは愛をもって彼女の面倒をみてくれました。

彼女は同じ施設にいる患者の男性が、バイオリンを弾いているのを聞きました。
とても力強い音色で、心を打たれ、この施設に入ったことに何か意味があるんじゃないかと思いました。

ある日、彼女が医師の診察を受けると、ハンセン病は完治していたことが判明!

彼女がめでたく施設を出ると、元恋人がやってきて「よりを戻そう」と言ってきたそうです。

……バイオリンの音色に心打たれたことにどんな意味があったかは分かりませんが、少なくとも、ハンセン病患者の施設に入ったことで、恋人の本性を見抜くことは出来たのではと思います。

無論、ハンセン病のような難病の相手を愛し抜くって、大変な覚悟がいることだと思います。

でも、その覚悟を背負えない人、初めから背負う気もない人が、変わらぬ愛を持っているとは言い難いですよねm(_ _)m

サマリアの女の話

また、聖書にはこんな人物も出てきます。

1 イエスがヨハネよりも弟子を多くつくって、バプテスマを授けていることがパリサイ人の耳にはいった。
2 イエスご自身はバプテスマを授けておられたのではなく、弟子たちであったが、
3 主はユダヤを去って、またガリラヤへ行かれた。
4 しかし、サマリヤを通って行かなければならなかった。
5 それで主は、ヤコブがその子ヨセフに与えた地所に近いスカルというサマリヤの町に来られた。
6 そこには井戸があった。イエスは旅の疲れで、井戸のかたわらに腰をおろしておられた。時は六時頃であった。
7 ひとりのサマリヤの女が水をくみに来た。イエスは「わたしに水を飲ませてください。」と言われた。
8 弟子たちは食物を買いに、町へ出かけていた。
9 そこで、そのサマリヤの女は言った。「あなたはユダヤ人なのに、どうしてサマリヤの女の私に、飲み水をお求めになるのですか。」ユダヤ人はサマリヤ人とつきあいをしなかったからである。
10 イエスは答えて言われた。「もしあなたが神の賜物を知り、また、あなたに水を飲ませてくれと言う者がだれであるかを知っていたなら、あなたのほうでその人に求めたことでしょう。そしてその人はあなたに生ける水を与えたことでしょう。」
11 彼女は言った。「先生。あなたはくむ物を持っておいでにならず、この井戸は深いのです。その生ける水をどこから手にお入れになるのですか。
12 あなたは、私たちの先祖ヤコブよりも偉いのでしょうか。ヤコブは私たちにこの井戸を与え、彼自身も、彼の子たちも家畜も、この井戸から飲んだのです。」
13 イエスは答えて言われた。「この水を飲む者はだれでも、また渇きます。
14 しかし、わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいのちへの水がわき出ます。」
15 女はイエスに言った。「先生。私が渇くことがなく、もうここまでくみに来なくてもよいように、その水をわたしに下さい。」
16 イエスは彼女に言われた。「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい。」
17 女は答えて言った。「わたしには夫はありません。」イエスは言われた。「私には夫がないというのは、もっともです。
18 あなたには夫が五人あったが、今あなたといっしょにいるのは、あなたの夫ではないからです。あなたの言ったことはほんとうです。」(ヨハネによる福音書4章1-18節)

ここに出てくるサマリヤ人の女性は、結婚に5回失敗しました。
この時点では、恋人と同棲している状態です。

彼女は変わらぬ愛を求めて5回も結婚しましたが、それを得ることは出来ませんでした。

ここでイエス様が彼女に、また聖書を通してわたしたちに教えようとしておられることは、以下の3つに要約されるかと思います。

  • 人から変わらぬ愛を受けることは出来ない
  • 変わらぬ愛を与えてくれるのは、神様だけ
  • 神様の愛で埋めなければいけない領域を人の愛で代用しようとするから、失敗する

人から変わらぬ愛を求めることは出来ない

人の心が変わりやすいように、人の愛にも限りがあります。

恋愛のおいても、好きになりたてのうちはラブラブで、この愛は一生続くものと誰もが勘違いしますが、多くの人が、それは勘違いであることに時が経ってから気が付きます。

いつまで経ってもラブラブなカップルも、たまにはいるかもしれませんが、大方のカップルは、ある程度の交際期間を経ると、倦怠期を経験するものと思います。

今のパートナーに飽きて、別の相手に浮気してしまったり、心変わりしまうことも多々あります。

人の愛は変わりやすく、限りがあるのです。

変わらぬ愛を与えてくれるのは、神様だけ

でも、神様の愛には限りがありません。

何てったって、神様ですからね!

全ての人に、変わらない愛を注いで下さいます。

人間は、本来神様と共に生きるように造られた存在。

本当は、その神様の愛を求めているのです。

でも神様の存在を忘れてしまったから、人の愛で代用しようとします。

でも、人の愛には限りがある。

そこに、根本的な問題があります。

神様の愛で埋めなければいけない領域を人の愛で代用しようとするから、失敗する

神様はわたしたち全ての人間を愛しておられるので、その愛を与えたいと思っておられます。

でも、わたしたちの側に問題があって、受け取ることが出来ません。

それは、神様の愛で埋めなければいけない領域を、人の愛で代用してしまっていること です。

このサマリヤの女の場合、それは過去の結婚相手であり、その時の恋人でした。

わたしたちがそのことに気付いて、神様の愛を受け入れないと、受け取ることが出来ないのです。

神様の愛を受け取った時、人は初めて、満たされます。

ちなみに、冒頭でご紹介した箴言の箇所。上のは新改訳聖書の訳ですが、新共同訳聖書では、このような訳になっています。

欲望は人に恥をもたらす。(箴言19章22節・新共同訳)

人に変わらぬ愛を求めることは、欲望であり、恥をもたらすのだそうです^^;

同じ箇所でも、訳によって全然違うんですね!

個人的には、新共同訳聖書の方が意訳の要素は強い気がします。

まとめ

恋に一喜一憂する人、また恋愛に依存してしまう人はたくさんいると思います。
結婚する時、多くの人は相手の変わらぬ愛を求めているものですよね。

でも、人間の愛には限りがあり、人から永遠の変わらぬ愛を受けることは出来ません。
また、与えることも出来ません。

それを与え、満たして下さるのは、神様だけなのです。

今、愛に飢え渇いている全ての人の心に、神様の無限の愛が注がれて、その人の内でわき出る泉となるようお祈りいたします。

以上、ペパーミントあいがお届けいたしました!

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