[ai] 主のめぐみを胸に一歩前へ | ペパーミントパラダイス

[ai] 主のめぐみを胸に一歩前へ

こんにちは^ ^

ペパーミントあいです。

2016年1月31日 草加神召教会リバーサイドチャペルのメイン礼拝に参加させていただきました。

草加神召キリスト教会リバーサイドチャペルのメイン礼拝

草加神召キリスト教会リバーサイドチャペルは、東京スカイツリーライン 松原団地駅より徒歩5-10分ほどのところにある教会です。

メイン礼拝は毎週日曜日 11時から13時頃まで行われているメインの礼拝です。

詳しくは下記教会HPをご確認いただければと思います。

=== リバーサイドチャペル 草加神召キリスト教会 ===

この日のメッセンジャー

本教会の協力牧会教師・渡辺健先生がお話して下さいました。

主のめぐみを胸に一歩前へ

この日のメッセージタイトルは「主のめぐみを胸に一歩前へ」。

出エジプト記からエジプトを脱出後、イスラエルの民は、何度も神様に助けられながら、文句ばかり言っています。

読んでいてイライラしてきますが、はたして、自分はどうでしょうか?

助けられて状況が良くなった時には神様に感謝するけど、ちょっと時間がたったらすぐにそんなこと忘れ、悪くなると神様に文句を言ったり、「神様なんて本当はいないんだな」なんて言ってはいないでしょうか?

この日のメッセージでは、神様に良くしてもらったことを忘れないこと神様を信じて一歩前へ進むこと の大切さを学びました。

神様に良くしてもらったことを忘れてはいけない

事実、あなたがたの神、主は、あなたのしたすべてのことを祝福し、あなたの、この広大な荒野の旅を見守ってくださったのだ。あなたの神、主は、この四十年の間あなたとともにおられ、あなたは、何一つ欠けたものはなかった。(申命記2章7節)

当たり前のことですよね。

神様に良くしてもらったことも、人に良くしてもらったことも、忘れてはいけません。

でも、私たちはしばしば、喉元過ぎれば熱さ忘れる生き物であることも、忘れてはいけません。

出エジプトのイスラエルの民の態度は、決して他人事ではありません。

私は自分が何を祈り、神様がどんな願いを叶えて下さったのか忘れないよう、お祈りの記録をつけることにしています。

……それも、しばしば読み返すのが面倒になったり、お祈り自体が面倒になって、振り返るどころか今現在のお祈りさえ記録していないことも多々ありますが(^_^;)

神様はなぜ、先に道をあけておいて下さらなかったのか?

そして、ここからがこの日のメイン聖句。

7 主はヨシュアに仰せられた。「きょうから、わたしはイスラエル全体の見ている前で、あなたを大いなる者としよう。それは、わたしがモーセとともにいたように、あなたとともにいることを、彼らが知るためである。
8 あなたは契約の箱をかつぐ祭司たちに命じてこう言え。『ヨルダン川の水ぎわに来たとき、あなたがたはヨルダン川の中に立たなければならない』」
9 ヨシュアはイスラエル人に言った。「ここに近づき、あなたがたの神、主のことばを聞きなさい」
10 ヨシュアは言った。「生ける神が、あなたがたのうちにおられ、あなたがたの前から、カナン人、ヘテ人、ヒビ人、ペリジ人、ギルガシ人、エモリ人、エブス人を、必ず追い払われることを、次のことで知らなければならない。
11 見よ。全地の主の契約の箱が、あなたがたの先頭に立って、ヨルダン川を渡ろうとしている。
12 今、部族ごとにひとりずつ、イスラエルの部族の中から十二人を選び出しなさい。
13 全地の主である主の箱をかつぐ祭司たちの足の裏が、ヨルダン川の水の中にとどまると、ヨルダン川の水は、上から流れ下って来る水がせきとめられ、せきをなして立つようになる」
14 民がヨルダン川を渡るために、天幕を発ったとき、契約の箱をかつぐ祭司たちは民の先頭にいた。
15 箱をかつぐ者がヨルダン川まで来て、箱をかつぐ祭司たちの足が水ぎわに浸ったとき、ーーヨルダン川は借り入れの間中、岸いっぱいにあふれるのだがーー
16 上から流れ下る水はつっ立って、はるかかなたのツァレタンのそばにある町アダムのところで、せきをなして立ち、アラバの海、すなわち塩の海のほうに流れ下る水は完全にせきとめられた。民はエリコに面するところを渡った。
17 主の契約の箱をかつぐ祭司たちがヨルダン川の真中のかわいた地にしっかりと立つうちに、イスラエル全体は、かわいた地を通り、ついに民はすべてヨルダン川を渡りきった。(ヨシュア記3章7-17節)

イスラエルの民がヨルダン川を渡るときのことが書かれています。

契約の箱をかつぐ祭司の足が川の水に浸ると、川の水がせきとめられて、民は乾いたところを渡ることが出来た、とあります。

モーセが葦の海を二つに割った時の奇跡と似ていますが、違うのは、葦の海では民のために海が先に分かれて道を作ってくれたのに対し、ヨルダン川では、水に足を一歩踏み入れたら道が出来た、という点です。

神様はなぜ、先に道をあけておいては下さらなかったのでしょうか?

神を信頼して、一歩前へ

答えは、聖書の中にありました。

23 あなたがたの神、主は、あなたがたが渡ってしまうまで、あなたがたの前からヨルダン川の水をからしてくださった。ちょうど、あなたがたの神、主が葦の海になさったのと同じである。それを、私たちが渡り終わってしまうまで、私たちの前からからしてくださったのである。
24 それは、地のすべての民が、主の御手の強いことを知り、あなたがたがいつも、あなたがたの神、主を恐れるためである。(ヨシュア記4章23-24節)

聖書の常套句ではありますが、それは民が「神の偉大さを知るため」であると書かれています。

また、神様を信頼して進めるかどうか、試しておられたものとも考えられます。

やった方が良さそうだけど出来ずにいることはないか?

結果、民はヨルダン川をせきとめて渡ることが出来ました。
神様を信頼して一歩踏み出した結果、川を渡ることが出来ました。

あなたは今、「やらないといけないんだけど出来ていない」と思っていることはないでしょうか?

やった方が良さそうだけど出来ずにいることは、ないでしょうか?

どうしても出来ない理由があるのなら、あるいは、今は足場を固めるべき時なのかもしれません。

でもどうか、神様を信頼して、一歩前へ踏み出して下さい。

一歩踏み出すことによって、人生が大きく変わるかもしれません。

イエス・キリストも、一歩踏み出した

新約聖書のマルコの福音書には、こんな箇所があります。

そのころ、イエスはガリラヤのナザレから来られ、ヨルダン川で、ヨハネからバプテスマをお受けになった。(マルコの福音書1章9節)

イエス・キリストが、バプテスマのヨハネから洗礼(バプテスマ)を受けられるシーンです。

イエス様がヨルダン川に入り、バプテスマをお受けになると、聖霊が降りました。

一歩踏み出すことによって奇跡が起こることは、イエス・キリストご自身が体現して下さっていました。

感想・まとめ

今回のメッセージは、私にどんぴしゃりなお話でした。

まさに、「これをやった方が絶対いいんだろうけど、今時間ないしなぁ。お金もないしなぁ」と悩んでいることがあり、祈っている真っ最中でした。

神様から「必要なものは備えてやるからやれ!お前なら出来る」と言われたような気がしました!

信じて一歩前へ踏み出そうと思います^ ^

同時に、信じて前に踏み出すって、過去に神様に良くしてもらったことを忘れてしまっては、絶対に出来ないことだなとも思いました。

以上、ペパーミントあいがお届けいたしました。

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