[ai] レビ記25章 安息の年とヨベルの年 | ペパーミントパラダイス

[ai] レビ記25章 安息の年とヨベルの年

こんにちは^ ^

一週間ほど風邪と謎の蕁麻疹で寝込んでおりました、ペパーミントあいです。

今日はレビ記25章を読みました。

レビ記25章

[ai] レビ記24章 常夜灯〜神の御名を冒涜する者 の続きです。

本章には

  • 安息の年とヨベルの年(1-55節)
  • ※サブタイトルは新共同訳聖書より

について書かれていました。

以下は、受洗1年1ヶ月目のわたしが本章を読んだ感想です。

解釈には注釈、解説書、教会で得た知識等を総動員させていただいておりますが、聖書について詳しくお知りになりたい方は、お近くの教会へ行って、牧師先生に聞いてみて下さいね^ ^

安息の年とヨベルの年(1-55節)

旧約時代のユダヤ人には、7日に一回のお休み、安息日がありました。

それは今日のキリスト教にも受け継がれていて、キリスト教徒は毎週日曜日には仕事を休み、教会に礼拝をしに行きます。

旧約時代のユダヤ人には、さらに7年に一回の安息年がありました。

その年には畑に種を蒔いて耕したり、一切の農耕をしてはいけないとされていました。
休閑中に自然に成った葡萄を収穫するのもダメ。
(でも、畑に自然に出来た穀物を食べるのはOK)

さらに、安息年が7回カウントされた49年(50年)に一回は「ヨベルの年」とされ、全ての民は自分の生まれ故郷に帰らなければなりません。

農耕も、自然に畑に生えた穀物を取るのもダメ。
その代わり、お金がなくて売った土地を返してもらうことが出来ます。

49年目は安息年で、この年の7月10日の贖罪日以後がヨベルの年となり、翌50年目まで続きます。

よって、49年目と50年目は、2年間、安息年ということになります。

感想・まとめ

50年に一回とはいえ、2年間も農耕出来なかったら、その間の作物はどうするんだろう?と思いますが、神様は6年目に、3年間食いつなぐことの出来るだけの収穫を与えて下さると20-22節で言われています。

そして、言われた通り掟を守れば、その土地で平穏に暮らしていくことが出来る、とも。

神様に言われたことを守ることが、何よりも大事であることを改めて思わされます。

以上、ペパーミントあいがお届けいたしました!

次回は レビ記26章 偶像を拝んではならない〜祝福と呪い についてお届けいたします。

お楽しみに!

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