こんにちは^ ^
ペパーミントあいです。
今日はレビ記1章を読みました。
レビ記1章
[ai] 出エジプト記40章 幕屋建設の命令〜主の栄光 の続きです。
本日から聖書通読はレビ記に入ります。
レビ記は旧約聖書で3番目の書、出エジプト記の次になります。
これまでの創世記、出エジプト記の聖書通読記録は、下記記事にてまとめさせていただきました。
メニューの「まとめ」からも飛ぶことが出来ます。
もしよろしければ、お役立ていただけると嬉しいです^ ^
本章には、
- 焼き尽くす献げ物(1-17節)
※サブタイトルは新共同訳聖書より
について書いてありました。
以下は、受洗1年目のわたしが本章を読んだ感想です。
解釈には注釈、解説書、教会で得た知識等を総動員させていただいておりますが、聖書について詳しくお知りになりたい方は、お近くの教会へ行って、牧師先生に聞いてみて下さいね^ ^
レビ記に突入!
レビ記は、モーセがエジプトからイスラエルの民を連れて脱出する出エジプト記の続き。
出エジプト記は、前半はストーリー要素が強かったですが、後半は、儀式や幕屋建設に関する記述が多くみられました。
その次の書であるレビ記は、その幕屋で行われる儀式、礼拝の仕方について詳しく書かれた書であるようです。
イエス・キリスト以前の礼拝の作法なので、今日の礼拝にそのまま反映させる必要はありません。
でも、ここを読むことによって、新約聖書に書かれていることの意味も、より深く理解出来るもののよう。
楽しい箇所ではなさそうですが、楽しみに読みたいと思います(苦笑)
焼き尽くす献げ物(1-17節)
その第1章には、「焼き尽くす献げ物」について書かれていました。
牛を献げる場合の作法、羊や山羊を献げる場合の作法、鳥を献げる場合の作法について書かれていました。
ここで神様に献げる動物は、全て、人間の罪を罪のない動物に贖ってもらう、というもの。
そのため、家畜の牛や山羊を献げる場合は「傷のない雄」と定められています。
(※雄じゃないとダメ、と言われると、男女差別な気もしますは、旧約時代は女性は夫の所持品で一人前の人格として扱われなかったため、昔の話だからと割り切るしかありません)
残さず全て焼き尽くすことにも意味があり、神様への全き献身を表しているのだそうです。
でも今は、イエス・キリストが十字架で全ての罪を贖って下さったので、動物の献げ物をする必要はありません。
新約聖書では何度となく、イエス・キリストのことを「神の子羊」と表現されていますが、それは、動物の献げ物の習慣から来たものだったんですねぇ。。。
感想・まとめ
ほとんど予備知識のない箇所なので、しっかり読んで、色々勉強したいと思います!
飽きずに最後までちゃんと読めるよう、お祈りいただけると嬉しいです(笑)
以上、ペパーミントあいがお届けいたしました!
次回は レビ記2章 穀物の献げ物 についてお届けいたします。
お楽しみに!