こんにちは^ ^
ペパーミントあいです。
今日はヘブライ人への手紙 11章を読みました。

ヘブライ人への手紙 11章
本章には「信仰」について書かれていました。
※聖書は新共同訳聖書を読んでいます。
以下は本章を初見した感想です。あくまでも一般人の感想です。きちんと聖書をお知りになりたい方は、お近くの教会へ行って、牧師先生に聞いてみて下さいね^ ^
信仰に生きた旧約聖書の人々
本章には、信仰に生きた旧約聖書の偉人たちの名前がたくさん出てきます。
素晴らしい捧げ物をしたアベル、
死を経験することなく天にあげられたエノク、
箱舟を造ったノア、
アブラハム、イサク、ヤコブ、ヨセフ、
十戒を授かったモーセ。
本当の故郷は天国にある
この人達について、本章ではこのように書かれています。
13 この人たちは皆、信仰を抱いて死にました。約束されたものを手に入れませんでしたが、はるかにそれを見て喜びの声をあげ、自分たちが地上ではよそ者であり、仮住まいの者であることを公に言い表したのです。 14 このように言う人たちは、自分が故郷を探し求めていることを明らかに表しているのです。 15 もし出て来た土地のことを思っていたのなら、戻るのに良い機会もあったかもしれません。 16 ところが実際は、彼らは更にまさった故郷、すなわち天の故郷を熱望していたのです。(ヘブライ人への手紙11章13-16節・一部抜粋)
彼らの本当の故郷は、この地上ではなく、天国にあるのだそうです。
同様のことが、キリストを信じて神の子とされたわたしたちにも当てはまります。
わたしたちの故郷は、本当は天国なのです。
約束はこれから果たされる
また、章の最後にはこのように書かれています。
39 ところで、この人たちはすべて、その信仰のゆえに神に認められながらも、約束されたものを手に入れませんでした。 40 神は、わたしたちのために、更にまさったものを計画してくださったので、わたしたちを除いては、彼らは完全な状態に達しなかったのです。(ヘブライ人への手紙11章39-40節)
ここに書かれている「約束されたもの」というのが、ちょっとよく分からないのですが、何にせよ、イエス・キリストがこの世に来て、十字架にかかって罪を贖わないことには、全ては始まらないですよね(^_^;)
旧約聖書はイエス・キリストが来られる前の時代のお話なので、この時はまだ、十字架による贖いも行われていなければ、聖霊も降臨していないのです。
でも、神に従って、信仰によって歩んだことには変わりなく、神に認められています。
イエス・キリストが再臨される時には、きっとこの人たちも復活して、永遠の天の故郷で暮らす日が来るのでしょうね。
死んだら全てが終わりなのではなく、その先に希望を抱きながら旅立てるよう、しっかり信仰に生きたいですね。
以上、ペパーミントあいがお届けいたしました!