[ai] テモテへの手紙一 6章 〜お金はなくても神は全てのものを与え、楽しませて下さる!〜 | ペパーミントパラダイス

[ai] テモテへの手紙一 6章 〜お金はなくても神は全てのものを与え、楽しませて下さる!〜

こんにちは^ ^

ペパーミントあいです。

今日はテモテへの手紙一 6章を読みました。

テモテへの手紙一 6章

本章は

「教会の人々に対して」(5章続き、1-2節)
「大きな利得」(2-10節)
「信仰の戦い」(11-20節)

の、三段落構成になっていました。

※聖書は新共同訳聖書を読んでいます。

以下は、わたしが本章を初見した感想です。

※あくまでも素人の感想です。きちんと聖書をお知りになりたい方は、お近くに教会に行って、牧師先生に聞いてみて下さい^ ^

不確かな富ではなく、確かな神に望みを置く

わたしが本章を読んで心に響いたのは、以下の箇所です。

この世で富んでいる人々に命じなさい。高慢にならず、不確かな富に望みを置くのではなく、わたしたちにすべてのものを豊かに与えて楽しませて下さる神に望みを置くように。(テモテへの手紙一 17節)

聖書には「この世の楽しみを避けなさい」というようなことがたくさん書いてあるので、楽しいと感じること=罪なのかという印象さえ受けていましたが、そういうわけではないことが分かり、ホッとしました^^;

以前、こんな記事を書いたのを思い出しました。

[ai] 捧げるほど豊かになる!献金について、仏教を通じて改めて思うこと | ペパーミントダイアリー for ジーザス!

ご馳走を食べた時の喜びはすぐに消えてしまうけれど、人の役に立った喜びはずっと残る、という内容にことが書いてあります。

本当の意味での喜びや楽しみって、お金をバンバン使うことではなく、むしろ与えたり、役に立つことなんだろうな、と、改めて思いました。

買い物やその他お金を使う趣味って楽しいし、お金を使うこと自体がストレス発散にもなります。

でも、そのような楽しみは一時的だと思うと、もう一度楽しくなるためにお金を貯めないといけない、結果、際限なくほしくなる……

あまりいいことではないように思えますm(_ _)m

富が「不確か」な理由って、そういうところにもあるのだろうなと思いました。

以上、ペパーミントあいがお届けいたしました!

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