[ai] テサロニケの信徒への手紙一 3章 〜あなたがたが主にしっかりと結ばれているなら、わたしたちは生きていると言える〜 | ペパーミントパラダイス

[ai] テサロニケの信徒への手紙一 3章 〜あなたがたが主にしっかりと結ばれているなら、わたしたちは生きていると言える〜

こんにちは^ ^

ペパーミントあいです。

今日はテサロニケの信徒への手紙一 3章を読みました。

テサロニケの信徒への手紙一 3章

本章は

「テサロニケ再訪の願い」(2章続き、1-13節)

の、一段落構成でした。

新共同訳聖書を読んでいます。

以下は本章を初見した感想です。

専門家の「解説」ではなく、あくまでも一般人の「感想」です。きちんと聖書をお知りになりたい方は、お近くの教会へ行って牧師先生に聞いてみて下さいね^ ^

あなたがたが主にしっかりと結ばれているなら

わたしが本章を読んで「おぉ!」と思った箇所は、以下の通りです。

あなたがたが主にしっかりと結ばれているなら、今、わたしたちは生きていると言えるからです。(テサロニケの信徒への手紙一 3章8節)

テサロニケの信徒への手紙一 2章で、パウロは「実にあなたがたこそわたしたちの誉れであり、喜び(20節)」と語っていますが、伝道した人にとって、その人がしっかりしたクリスチャンになってくてることは、こんなにも嬉しいことなのですね。

パウロがテサロニケを離れたあと、苦難が訪れて信徒たちが動揺してキリストから離れてしまっていないか心配になったけれど、ちゃんとしっかり結びついていたと聞いて安心した様子が記されています。

苦難は避けられない

生きていれば必ずと言っていいほど辛いことや苦しいことがありますが、それはイエス・キリストを信じて救われたとあとも変わりません。

むしろ、クリスチャンであるがゆえの苦しみに遭います。

「何で信じて救われたのにまたこんな思いしなくちゃいけないんだ」と思う方も多いと思うし、わたしもそう思います(苦笑)

でもアラビアの諺に「日光ばかりは砂漠を作る」という言葉があるそうです。

また聖書にも「苦難が忍耐を生み、忍耐が練られた品性を生み、練られた品性が希望を生み出す(ローマの信徒への手紙5章3-4節)」とあります。

わたしたちはとかく、快適な晴れの日ばかりを望んでしまいますが、雨も降らないと作物が育たないように、辛いこともないと成長出来ないどころか、逆に退化してしまうんですよね。

そのための恵みだと思って、苦難もありがたく感謝したいと思います。。。

以上、ペパーミントあいがお届けいたしました。

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