[ai] サウロの献身から学ぶ、律法と生ける神 | ペパーミントパラダイス

[ai] サウロの献身から学ぶ、律法と生ける神

こんにちは^ ^

ペパーミントあいです。

2016年7月3日 草加神召教会リバーサイドチャペルのマイティーサービスに参加させていただきました。

草加神召キリスト教会リバーサイドチャペルのマイティーサービス

草加神召キリスト教会リバーサイドチャペルは、東京スカイツリーライン 松原団地駅より徒歩5-10分ほどのところにある教会です。

マイティーサービスは毎週日曜日 17時半から行われている夕方の礼拝です。

詳しくは下記教会HPをご確認いただければと思います。

=== リバーサイドチャペル 草加神召キリスト教会 ===

また、マイティーサービスのブログもございます。ご興味のある方は、こちらもご覧くださいませ^ ^

Mighty Service

サウロの献身から学ぶ、律法と生ける神

この日は、サウロのお話でした。

迫害者サウロは光に打たれ、宣教者パウロに変えられます。

この日はそのサウロのエピソードから、神様は頭で理解するものではなく、心で感じることの大切さを学びました。

読んだ聖書の箇所は、以下の通りです。

1 さてサウロは、なおも主の弟子たちに対する脅かしと殺害の意に燃えて、大祭司のところに行き、
2 ダマスコの諸会堂あての手紙を書いてくれるよう頼んだ。それは、この道の者であれば男でも女でも、見つけ次第縛り上げてエルサレムに引いてくるためであった。
3 ところが、道を進んで行って、ダマスコの近くまで来たとき、突然、天からの光が彼を巡りてらした。
4 彼は地に倒れて、「サウロ、サウロ。なぜわたしを迫害するのか。」という声を聞いた。
5 彼が、「主よ、あなたはどなたですか。」と言うと、お答えがあった。「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。
6 立ち上がって、町にはいりなさい。そうすれば、あなたのしなければならないことが告げられるはずです。」
7 同行していた人たちは、声は聞こえても、だれも見えないので、ものも言えずに立っていた。
8 サウロは地面から立ち上がったが、目は開いていても何も見えなかった。そこで人々は彼の手を引いて、ダマスコへ連れて行った。
9 彼は三日の間、目が見えず、また飲み食いもしなかった。
10 さて、ダマスコにアナニヤという弟子がいた。主が彼に幻の中で、「アナニヤよ。」と言われたので、「主よ。ここにおります。」と答えた。
11 すると主はこう言われた。「立って、『まっすぐ』という街路に行き、サウロというタルソ人をユダの家に尋ねなさい。そこで、彼は祈っています。
12 彼は、アナニヤという者が入って来て、自分の上に手を置くと、目が再び見えるようになるのを、幻で見たのです。」
13 しかし、アナニヤはこう答えた。「主よ、私は多くの人々から、この人がエルサレムで、あなたの聖徒たちにどんなひどいことをしたかを聞きました。
14 彼はここでも、あなたの御名を呼ぶ者たちをみな捕縛する権限を、祭司長たちから授けられているのです」
15 しかし、主はこう言われた。「行きなさい。あの人はわたしの名を、異邦人、王たち、イスラエルの子孫の前に運ぶ、わたしに選びの器です。
16 彼がわたしの名のために、どんなに苦しまなければならないかを、わたしは彼に示すつもりです。」
17 そこでアナニヤは出かけて行って、その家にはいり、サウロの上に手を置いてこう言った。「兄弟サウロ。あなたが来る途中でお現われになった主イエスが、私を遣わされました。あなたが再び見えるようになり、聖霊に満たされるためです。」
18 するとただちに、サウロの目からうろこのような物が落ちて、目が見えるようになった。彼は立ち上がって、バプテスマを受け、
19 食事をして元気づいた。
サウロは数日の間、ダマスコの弟子たちとともにいた。
20 そしてただちに、諸会堂で、イエスは神の子であると宣べ伝え始めた。
(使徒の働き9章1-20節)

サウロが迫害していた理由

サウロは子供の頃から聖書の高等教育を受けたエリートでした。

パリサイ派という、当時のユダヤ教の主流の会派に属していました。

イエス・キリストは聖書(当時は旧約聖書のみ)に反していると思っていたから、イエスを信じる人たちを神に背く者だと思い、迫害していました。

裏を返せば、それだけ神様に熱心な人であったと言えます。

ゆえに、“自分にとっての神様像”を壊すイエスが、許せなかったのです。

最大の間違いは、神様を頭だけで理解しようとしていたこと

サウロの最大の間違いは、「頭だけ」で神様を理解したつもりになっていたことでした。

だから、間違った神様像を作り上げ、迫害という間違った道を進んでしまいました。

別の箇所で、パウロはこう言っています。

私たちはみな地に倒れましたが、そのとき声があって、ヘブル語で私にこう言うのが聞こえました。『サウロ、サウロ。なぜわたしを迫害するのか。とげのついた棒をけるのは、あなたにとって痛いことだ。』
(使徒の働き26章14節)

さきほどの9章には書いてありませんでしたが、ここでは「とげのついた棒をけるのは、あなたにとって痛いことだ。」と言われたことも付け加えられています。

神様を頭で理解しようとすることは、間違った神様像を握ること。

間違った神様像を握ることは、トゲのついた棒を蹴ること。

つまり、自分にとって辛く、苦しいことであると、イエス様は教えておられるのではないかと考えられます。

あなたも神様とは何かと頭で考え、ネガティブな神様像を作り上げてしまっていないでしょうか?

それはあなたにとって、トゲのついた棒を蹴ること。

辛く、苦しいことのはずです。

葛藤と向き合う時、神様は私たちを作り変えて下さる

サウロは「神様とはこういうものだ!」と頭で理解していましたが、実際に生ける神様であるイエス・キリストとの対面を経験し、葛藤したものと思います。

葛藤し、祈ったと思います。

光に打たれてからアナニヤと出会うまでの3日間、何も食べなかったとありますが、それだけショックが大きかったのではないでしょうか?

今までこうだと思っていたものが、実は違うのではないか?

そんな出来事に出くわす時、人は葛藤するはずです。

それを受け入れたくないと、目を背けることも出来ます。

でも神様は、あなたが向き合うまで、何度でも語りかけてきます。

向き合う時、神様は私たちを大きく作り変えて下さるのです。

サウロは葛藤と向き合った結果、迫害者から宣教者に変えられました。

そのことにより、周りも変わりました。

迫害者がいなくなったことで、生ける神様の存在を認めざるを得なくなったのです。

神様はサウロを選んだように、私たちをも選んで下さっている!

イエス様からサウロのために祈るよう言われたアナニヤは、初め、それを拒否しました。

アナニヤは信仰者ですから、ふつうなら、イエス様に言われたことなら正しいと思って従うはずです。

それでも思わず戸惑って拒否してしまうほど、サウロは酷い迫害者だったのです。

でもイエス様は、そんなサウロを「わたしの選びの器」とおっしゃっています。

イエス様はサウロを選んだように、私たちのことも選んで下さっているのです。

感想

初めの方で私は「神様は頭で理解するものではなく、心で感じるもの」と書きましたが、これも正確ではないかもしれません。

実際のメッセージのニュアンスからは「生きた存在として体験するもの」とお伝えした方が、正しいかもしれません。

ただ、それだと未信者の方や、ペンテコステ系以外の教会の方には伝わりにくいかなと思い「心で感じるもの」と表記させていただきました。

今回出てきたサウロのように、イエス様が分かりやすく光とともに現れて語りかける、なんてこと、そう誰もが経験することでもないですからねぇ。。。

みんなに分かりやすく現れてくれれば、多分、世界中の人が一瞬で神様を信じると思うのですが、神様はそうすることを良しとはされませんでしたm(_ _)m

なので、私たちが地道に伝えていくしかありません。

そのためにも、私たち自身が、「いるだけで」生きた神様の存在を感じてもらえるような人間になれるよう、日々祈り、生きた神様を経験して、経験値を積み上げていくことが大事なのかな、と思いました。

頭で理解するものでないのなら、言葉の限りを尽くしても伝えられないですからね。

以上、ペパーミントあいがお届けいたしました。

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