[ai]【祈祷会】神様の見せる幻「ビジョン」について | ペパーミントパラダイス

[ai]【祈祷会】神様の見せる幻「ビジョン」について

こんにちは^ ^

ペパーミントあいです。

2016年3月9日 草加神召教会リバーサイドチャペルの水曜祈祷会に参加させていただきました。

草加神召キリスト教会リバーサイドチャペルの水曜祈祷会

草加神召キリスト教会リバーサイドチャペルは、東京スカイツリーライン 松原団地駅より徒歩5-10分ほどのところにある教会です。

祈祷会は毎週水曜日 19時半から行われています。

詳しくは下記教会HPをご確認いただければと思います。

=== リバーサイドチャペル 草加神召キリスト教会 ===

この日のメッセンジャー

当教会のガーメリーナ先生がお話して下さいました。

ガーメリーナ先生の過去のメッセージにつきましては、下記記事をご参照のこと。

「ビジョン」について

この日のテーマは「ビジョン」について。

この教会では何かと語られることの多い「ビジョン」というワード。

経営やビジネスの世界でも「ビジョンのないところに成功はない!」 といったことがよく言われますが、教会で言われる「ビジョン」は、それとは少し違います。

目標という意味では同じなのですが、大きく違うのは、自分の理想や肉の思いから来るものではなく、神様の見せる幻 であること。

神様は私たち一人一人に、ご自身の栄光を表すための計画を持っておられます。

その計画のために目指すべきビジョンを、幻として、見せられることがあります。

このビジョンについて、学びました。

ビジョンがあれば、どんな患難も大きすぎることはない

350年前、たくさんの人を乗せた船が北アメリカに着きました。

彼らはその1年後に村を作り、更にその翌年には、市長などを決めました。

3年目には、5マイル先の荒野に向けて道路を作ろうという計画を立てました。

でも4年目には、人々は道路を作ろうという自治体の計画に反対しだしました。

5マイル先に行くことなどないから、道路を整備する必要はないと思ったのです。

彼らは海を渡り、様々な困難を乗り越えて大陸に辿り着いた勇敢な人達でしたが、5マイル先に開拓のビジョンを持つことが出来ませんでした。

ビジョンがないと、彼らは前進することが出来なくなってしまいます。

今の境界線を広げようという気持ちも持てません。

結果、文句を言うだけの人達になってしまいました。

神様の与えるビジョンは、失われている魂を勝ち取る!

旧約聖書の箴言に、こんな箇所があります。

幻がなければ、民はほしいままにふるまう。
しかし律法を守る者は幸いである。
(箴言29章18節)

神様は私たち一人一人に、計画を成し遂げるためのビジョンを与えておられます。

教会にも、ビジョンがあります。

これを掲げること、話すことを、諦めるべきではありません。

神様のビジョンは、失われている魂、滅びに向かっている魂を勝ち取ることが出来ます。

どんな夢にも、困難なことはあります。

でも、炎は消さないで下さい。

諦めたら、ただ文句を言うだけの人になってしまいます。

ただほしいままに振る舞うだけの人になってしまいます。

目標を持つことは大切です。

自分に与えられているビジョンが分からない人は、それを教えてもらえるように祈ることから始めましょう。

ビジョンとは、見るものであり、自覚するもの

ビジョンとは見るものであり、自覚するものであると、ガーメリーナ先生はおっしゃいました。

見るもの、というのは何となく分かりますが、自覚するもの、というのは、ちょっと難しいですねm(_ _)m

旧約聖書の民数記に、こんな箇所があります。

6 すると、その地を探って来た者のうち、ヌンの子ヨシュアとエフネの子カレブとは自分たちの着物を引き裂いて、
7 イスラエル人の全会衆に向かって次のように言った。「私たちが巡り歩いて探った地は、素晴らしい良い地だった。
8 もし、私たちが主の御心にかなえば、私たちをあの地に導き入れ、それを私たちに下さるだろう。あの地には、乳と蜜が流れている。
9 ただ、主にそむいてはならない。その地の人々を恐れてはならない。彼らは私たちのえじきとなるからだ。彼らの守りは、彼らから取り去られている。しかし主が私たちとともにおられるのだ。彼らを恐れてはならない。」
(民数記14章6-9節)

参照 : [ai] 民数記14章 民の反抗〜土地侵入の最初の企て

カレブとヨシュアは、12人の斥候の一員でした。

他の10人の斥候と同様、これから入ろうとしている土地に住んでいる巨人を見ました。

他の10人は巨人を見て恐れをなし、他の民を不安に陥れ、モーセや神様に文句を言い出しましたが、2人は違いました。

2人にとって、目に見える障害は、神様の知恵と栄光と力を見せつけるチャンスでしかありませんでした。

私たちも、目に見える邪魔や困難を恐れてはなりません。

2人は神様の守りを自覚していました。

神様が敵の守りを取り除いたことを、知っていました。

私たちは、夢や目標を持ちます。

時には困難なことが訪れ、無理なんじゃないかと思うこともあります。

でも、神様が見せてくれたビジョンなら間違いない。

神様がともにいて下さる。

神様がともにいて下されば、私に敵対出来るものなど何もないと、自覚することが大切です。

そのためには、祈り、御言葉(みことば)に立つことが必要です。

ただ楽観的に構えるのではなく、御言葉によって、励ましを得ることが大切です。

そして何より、神様が与えられたビジョンであることが重要です。

神様が与えておられるのとは別のビジョンに向かってはいけません。

そこには神様の守りはないので、祈りと御言葉によってビジョンを示していただきましょう。

ビジョンとは信じる信仰であり、態度

ハチドリとハゲタカは、ともに荒野を飛ぶ鳥です。

どちらの鳥も、同じところを飛び、同じものを見ています。

でも、全く違うものを探し、見ようとしています。

ハゲタカは死んだ動物を主食としているので、死んだ動物、腐った肉を探します。

かつて何かの動物「だった」もの=過去を見、それでお腹を満たします。

一方ハチドリは、生きている花を探します。

命、新鮮さを求めます。「今」を見て、それでお腹を満たしています。

私たちは、どちらのようになりたいでしょうか?

悪魔(サタン)は、私たちの態度を最もアタックします。

誰も構わないから、私も気を配らない。

私がいなかったらみんなどうするのか、見ようじゃないか。

そんな態度につけこんできます。

サタンは私たちが神様に与えられている役割を果たすことを望みません。

「教会に行ってもいいよ。でも、あんまり関わらない方がいいよ」と、教会に対して深く関わらないように囁いています。

民数記には、こんな箇所もあります。

ただし、わたしのしもべカレブは、ほかの者と違った心を持っていて、わたしに従い通したので、わたしは彼が行って来た地に彼を導き入れる。彼の子孫はその地を所有するようになる。
(民数記14章24節)

この時のカレブの態度を見てみましょう。

荒野のいた時、カレブは45歳でした。

彼は神様に忠実でしたが、他の民の不信仰のせいで巻き添えを食らい、一緒に40年間、荒野を彷徨う羽目になりました。

でも、他の民を責めたり、神様に文句を言ったりはしませんでした。

ちゃんと神様に従いました。

他の民とは違う心を持っていました。

神様はこの態度をもって、ヨシュアとカレブに良い約束を与えられたのです。

ただエフネの子カレブと、ヌンの子ヨシュアのほかは、あなたがたを住まわせるとわたしが誓った地に、だれも決してはいることはできない。
(民数記14章30節)

彼らは信仰により祝福され、報われました。

他の民は、死しか見えていないハゲタカのようでした。

でもカレブとヨシュアは、同じ腐ったものを見たけれど、命で、新鮮なもので心を満たしました。

ビジョンは信仰という食べ物を食べて成長します。

信仰なしでは、ビジョンは死んでしまいます。

神様に「待ちなさい」と言われた時の私たちの態度はどうでしょうか?

そんな時も、カレブとヨシュアのようであることが大切です。

ビジョンとはアクション。行動であり勇気

ビジョンの実現には、行動が不可欠です。

いくら明確に描いていても、信仰を持っていても、何も行動しないことには始まりません。

でも、ここで言われているアクションって、行動するだけでなく「主がともにいて下さるから誰も私に敵対することは出来ない!」などと、勇ましいことを宣言することも含まれています。

民数記から更に進み、ヨシュア記に入ると、カレブはこんなことを言っています。

9 そこでその日、モーセは誓って、『あなたの足が踏み行く地は、必ず永久に、あなたとあなたの子孫の相続地となる。あなたが、私の神、主に従い通したからである。』と言いました。
10 今、ご覧のとおり、主がこのことばをモーセに告げられた時からこのかた、イスラエルが荒野を歩いた四十五年間、主は約束されたとおりに、私を生きながらえさせて下さいました。今や私は、きょうでもう八十五歳になります。
11 しかも、モーセが私を遣わした日のように、今も壮健です。私の今の力は、あの時の力と同様、戦争にも、また日常の出入りにも耐えるのです。
12 どうか今、主があの日に約束されたこの山地を私に与えてください。あの日、あなたが聞いたように、そこにはアナク人がおり、城壁のある大きな町々があったのです。主が私とともにいてくだされば、主が約束されたように、私は彼らを追い払うことが出来ましょう。」
(ヨシュア記14章9-12節)

カレブはこの時85歳でしたが、アクションを起こしていました。

ビジョンを見続けていました。

要するに、年齢は関係ないということです。

このブログを読んで下さっている方の多くは、この時のカレブよりも何十歳も若いのではないでしょうか?

まだ若いのだから、前進する力があるはずです。

カレブとヨシュアは80歳を超えても、命とエネルギーで溢れていました。

ビジョンを追い求めるためには、行動が必要です。

ビジョンはただ胸の内にしまっておくだけのものではありません。

勇気を持って「主はともにいる」と宣言することが大切です。

彼らは信仰を持って行動をしたので、待つことが出来ました。

結果、約束された土地を得ることが出来ました。

蒔いたものを刈り取ったのです。

神様の声を聞かなければ、本当の喜びを得ることは出来ない

ビジョンを成し遂げるためには、希望とやり続ける心を持つことが大事です。

神様は良いお方であることを、どんな時も信じて下さい。

サタンはあなたとあなたのビジョンを破壊するために、様々な攻撃を仕掛けてきます。

時には、もう勝てないんじゃないかと思うこともあるかもしれません。

でも、神様の計画を止めるものは何もありません。

神様はあなたが道を見失っても、正しい方向に進むよう、導いておられます。

もし阻むものがあるとしたら、あなた自身が、神様の導きから逃げ、あえてそれから目をそらしてしまうことです。

神様の導いておられる方向に進まなければ、本当の喜びを得ることは出来ません。

どうか神様の導いておられる方向へ進んで下さい。

そして、開拓する心を失わないで下さい。

感想

「サタンはあなたの信仰の態度を攻撃する」と言われ、ドキッとしました。

まさに「教会には毎週ちゃんと通いたいけれど、あまり教会に深入りしたくない」と思っていたので、うわぁ、私のことだと思いましたm(_ _)m

今通っている教会の人達は、いい方ばかりです。

この方達のことが、嫌いというわけではないんです。

でも、ちょっとここ数年ほど、人間関係に激しく疲れ、仲良くなると相手の嫌な一面が見えて、辛い思いをたくさんしてきました。

クリスチャン以外の人との間でも起こりましたが、特に、以前通っていた教会の方々との間で起こったそれが本当に辛くて、もはやクリスチャンというだけでは迂闊に人を信用出来なくなっています。

また同じような思いをしたくないので、あまり深入りはしたくないと思ってしまうのですm(_ _)m

でも、これがサタンの攻撃によって起こっていることなら、打ち破られるように祈らないといけませんね。

私は教会のことは、あまり信用していないというか、ちょっと、恐れの対象です。

あまり深入りしたらまた酷い目にあうんじゃないかと恐れています。

でも神様のことは信じています。神様を愛しています。神様に喜ばれたいと思っています。

だから、打ち破られるように祈ろうと思います。

以上、ペパーミントあいがお届けいたしました。

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