[ai]【東京バイブルクラス】お祈りの基本と諸注意、そしてお祈りの恵みについて学びました! | ペパーミントパラダイス

[ai]【東京バイブルクラス】お祈りの基本と諸注意、そしてお祈りの恵みについて学びました!

こんにちは^ ^

ペパーミントあいです。

京都グレースバイブルチャーチ 関牧師ご夫妻の東京バイブルクラスに行ってきました!

賛美歌を歌いました♪

そして、祈りについてより詳しく学びました!

教会生活入門第2課 祈りの生活

「祈り」とは、その名の通り、神様にお祈りすること。

一般の方には、自分の力ではどうしようもないことを神様にお願いしたり、自分でも努力をするけれどより確実に出来るように神様の力を貸して下さい、とお願いするイメージが強いかと思います。

クリスチャンの世界では、神様へのお願い事だけではなく、上手くいったこと、毎日無事に生きていることへの感謝を述べたり、神様を褒め称えたり、神様にお伺いを立てることも 、お祈りします。

むしろ祈りの本質は「お願い」ではなく「神に伺いを立てることだ」とおっしゃっている牧師先生もいらっしゃいます。

参照:[ai]【草加松原リバーサイドチャペル日曜礼拝】神に伺う | ペパーミントダイアリー for ジーザス!

クリスチャンの世界では「霊の呼吸」とも言われ、神様と会話しないと、私たち弱い人間は呼吸困難に陥ってしまうのです。

その祈りのついて。大事なことをたくさん教わりましたので、まとめていきたいと思います!

①しつこく祈り続けること

祈りの継続性が大事だと言っている聖書の箇所があるので、ご紹介いたします。

いつも祈れ

絶えず祈りなさい。(第一テサロニケ5:17)

文字通り、いつでもどこでも祈っていなさいという意味です。

正座してお祈りすることが出来ない環境でも、車を運転しながらでも、お料理を作りながらでも、どうかイエス様に話しかけてみて下さい^ ^

真面目な人ほど「それは失礼なんじゃないか?」と思ってしまうかもしれませんが、いいのです!

ちなみにわたしは、電車の中で携帯を開き、非公開のブログにお祈りを打って送信しています。

メモ帳アプリとかでもいいと思います。

たくさんイエス様に話しかけて下さい^ ^

失望しないで祈れ

聖書の中に、こんなたとえ話があります。

イエスは気を落とさずに絶えず祈らなければならないことを教えるために、弟子たちにたとえを話された。「ある町に、神を畏れず人を人とも思わない裁判官がいた。ところが、その町に一人のやもめがいて、裁判官のところに来ては、『相手を裁いて、わたしを守ってください』と言っていた。裁判官は、しばらくの間は取り合おうとしなかった。しかし、その後に考えた。『自分は神など畏れないし、人を人とも思わない。しかし、あのやもめは、うるさくてかなわないから、彼女のために裁判をしてやろう。さもないと、ひっきりなしにやって来て、わたしをさんざんな目に遭わすに違いない。』」それから、主は言われた。「この不正な裁判官の言いぐさを聞きなさい。まして神は、昼も夜も叫び求めている選ばれた人たちのために裁きを行わずに、彼らをいつまでも放っておくことがあろうか。言っておくが、神は速やかに裁いて下さる。しかし、人の子が来るとき、果たして地上に信仰を見いだすだろうか」(ルカによる福音書18章1-8節)

人を人とも思わないような裁判官でも、しつこく頼めば嫌になって渋々ながら訴えを聞いてくれるのだから、神様が聞いて下さらないはずがない、という例えです。

すぐには聞かれなくとも、一生懸命祈れば必ず答えはあるはずです。

失望せず、諦めずにお祈りしていきましょう!

1日1時間は祈れ

これはこの箇所から来ています。

それから、弟子たちのところに戻ってご覧になると、彼らは眠っていたので、ペトロに言われた。「あなたがたはこのように、わずか一時もわたしと共に目を覚ましていられなかったのか」(マタイによる福音書26章40節)

キリストが十字架に架けられる直前、ゲッセマネという所でお祈りをしていた時、弟子たちは薄情にも早々に寝てしまいましたm(_ _)m

その時に言われた言葉です。

最低1日1時間、面倒でもお祈りし続けてみて下さい。

必ず恵みがあり、答えがあるはずです。

②祈りが無駄になることはない

聖書には祈りが無駄になることはないことを教えている箇所もあります。

祈りに対して応えがある

求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる。あなたがたのだれが、パンを欲しがる自分の子供に、石を与えるだろうか。魚を欲しがるのに、蛇を与えるだろうか。このように、あなたがたは悪い者でありながらも、自分の子供には良い物を与えることを知っている。まして、あなたがたの天の父は、求める者に良い物を下さるにちがいない。(マタイによる福音書7章7-11節)

わたしたちのお祈りは、必ず神様に聞かれています。

でもその答えは「Yes」「No」「待ちなさい」のどれかなのです。

だからすぐには答えがないかもしれないし、必ずしも、望んだ通りの結果にはならないかもしれません。

でも、必ず最善の道に導いて下さいます。

誠牧師は、「教会に残る人と去っていく人の違いは、よく祈るかどうか」であるとおっしゃっていました。

祈りが答えられた経験が多いほど、イエス様の存在が分かる時が来るからだそうです。

そういうわたしも、心が病んで病んで仕方ない時に「イエス様はどうせわたしのことなんて愛していないんでしょ!?何でわたしがこんな思いしなくちゃいけいのよ!?本当に愛しているんだったらこの病んだ気持ちを何とかして下さい!!」と半ば八つ当たりするように祈ったら、嘘のようにすーっと心が軽くなった経験があります。

あぁ、やっぱりイエス様は本当におられたんだ、疑ってごめんなさいと思いました。

こういう経験は、まずは祈らないことには味わえません。

祈って祈って祈りまくって聞かれた時に、初めて分かることなので、どうか祈り続けていただきたいです。

ノンクリスチャンの人に「キリストが実在するんだったら証明してみせろよ!」と問い詰められても、「そんなこと言われたって、いるもんはいるんだから……」としか言いようがなくなってしまうのは、この経験の違いなんじゃないかと思います。

クリスチャンの方は、そんな相手を論破しようとムキにならず、どうかその人のために祈っていただきたいです。。。

論破したところで、その人にイエス様は見えませんm(_ _)m

祈る時にまず平安がある

どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。(フィリピの信徒への手紙4章6-7節)

色々余計なことばかり考えてしまって祈ろうという気持ちにさえなれない時もあるかと思いますが、まずは、思い煩うのをやめてみて下さい。

全てはイエス様が良きに計らって下さるものと信じて、祈ってみて下さい。

平安が訪れると、聖書には書いてあります。

……とはいえ、わたしもこの項目に関しては修行中なのですが(^^;;

必要なことを祈る

あなたがたの中で知恵の欠けている人がいれば、だれにでも惜しみなくとがめだてしないでお与になる神に願いなさい。そうすれば与えられます。(ヤコブの手紙1章5節)

自分にはこれが足りない、必要だと思うことがあったら、それを下さいと祈ったらいいと思います。

何も努力しないで棚ぼた式で与えられることはないかもしれませんが(イエス様がよしとされれば、あるかもしれませんが)、どうすれば得ることが出来るのか、教えて下さると思います!

何が足りないのか分からなかったら、何が足りないのか教えて下さいと祈ればいいと思います^ ^

③祈る時の諸注意

ここからは、祈る時の諸注意について。

イエスの名によって祈る

わたしの名によって願うことは、何でもかなえてあげよう。こうして、父は子によって栄光をお受けになる。わたしの名によって何かを願うならば、わたしがかなえてあげよう。(ヨハネによる福音書14章13-14節)

クリスチャンがお祈りする時は必ず、最後に「イエス様のお名前によってお祈りいたします。アーメン」と言って締めます。

わたしたち人間は罪人なので、直接神様にお祈りすることは出来ません。

なので、贖いの御子であるキリストを通して祈らなければいけない、と、教わりました。

言い方は「主イエスキリストの御名によって」でも「御名によって」だけでも、意味合いが同じであれば問題ありません。

疑わないで祈る

いささかも疑わず、信仰をもって願いなさい。疑う者は、風に吹かれて揺れ動く海の波に似ています。(ヤコブ1章6節)

「イエス様本当に聞いてくれるのかなぁ」とか「いくらイエス様でも無理なんじゃないか」とか、疑いながら祈るのではなく、100%信頼をもってお祈りするよう、聖書は言っています。

信じてお祈りしていきましょう!

健全な動機で祈る

何が原因で、あなたがたの間に戦いや争いが起こるのですか。あなたがた自身の内部で争い合う欲望が、その原因ではありませんか。あなたがたは、欲しても得られず、人を殺します。また、熱望しても手に入れることができず、争ったり戦ったりします。得られないのは、願い求めないからで、願い求めても、与えられないのは、自分の楽しみのために使おうと、間違った動機で願い求めるからです。(ヤコブの手紙4章1-3節)

まさに、いまなお続く世界中での戦争を言い表しているようですね。
思い通りにならないから力づくで、殺してでも得ようとする。悲しいことです。

そのような身勝手な動機で願い求めるものを、主はお与えになりません。

間違っても「あいつムカつくからギャフンと言わせて下さい」なんてお祈りしてはいけません。

また、以前書いたこちらの記事でも、ダメなお祈りの例を紹介しています。

[ai] 国技館での“コール”について、クリスチャン目線で語ってみます | ペパーミントダイアリー for ジーザス!

自分のご贔屓力士が勝つようにお祈りすることも、相手の力士に負けるよう祈ることになるので、してはいけません。

こんなお祈りする人、他にいないとは思いますが……

信仰をもって祈る

そこで、イエスは言われた。「神を信じなさい。はっきり言っておく。誰でもこの山に向かい、『立ち上がって、海に飛び込め』と言い、少しも疑わず、自分の言う通りになると信じるならば、そのとおりになる。だから、言っておく。祈り求めるものはすべて既に得られたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになる」(マルコによる福音書11章22-25節)

何とも力強いお言葉!

これは誠牧師から聞いたお話なのですが、本当に山に向かって「海に入れ」と祈ったおばあさんがいたそうです。

その方はクリスチャンで毎週日曜日に教会に通っておられたのですが、山を一つ越えないといけないところに教会があったとのこと。

毎週山を超えるのは大変なので、山に向かって「海に入れ」と祈ったそうです。

さすがにマンガやアニメのように、山に足が生えて海に飛び込んでいくことはありませんでしたが、しばらくすると、その場所に米軍基地が建てられることになり、山が削られ、おばあさんは毎週教会に行くたびに山を越えなくても良くなったとのこと!

米軍基地に関しては賛否両論あるかと思いますが、そのおばあさんにとっては、いいことでした^ ^

また、ここで言われている山=問題、と解釈することも出来ます。

山に向かって「海へ入れ」と言うことは、「今抱えている問題よ、なくなれ!」と祈ることであると、みとし牧師が教えて下さいました。

隠れたところで祈る

「祈るときにも、あなたがたは偽善者のようであってはならない。偽善者たちは、人に見てもらおうと、会堂や大通りの角に立って祈りたがる。はっきり言っておく。彼らは既に報いを受けている。だから、あなたが祈るときは、奥まった自分の部屋に入って戸を閉め、隠れたところにおられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父が報いて下さる」(マタイによる福音書6章5-6節)

ここで言われている「偽善者」とは、当時の「パリサイ人」のこと。

彼らは神に仕えるユダヤ教の祭司で、教師と呼ばれる偉い人達でしたが、その信仰はとても表面的で、心から神の御心を行おうとは思っておらず、自分が人々から尊敬されるためにわざと目立つ場所でお祈りして、敬虔な信者アピールをしたがっていたそうです。

そのことを、キリストが断罪しておられます。

また、「あなたの父」とは、三位一体の神の「父なる神」様のこと。

キリスト教では「父なる神」「子なる神」「聖霊なる神」は全て同一の神様であるとされています。

祈りの障害となるもの

次に、ふつうに生活していてどうしても遭遇してしまう、現実的な祈りの障害について。

・生活、仕事の忙しさに時間が取れず、バタバタと一日が終わってしまう。
・テレビをダラダラと見てしまう。

主にこの二つのことが挙げられると思います(苦笑)

最近ではインターネット中毒の方も多いので、

・ダラダラと意味もなくネットばかりしてしまう

という項目も加えたいと思います。

今はスマフォがあるので、わざわざパソコンを立ち上げなくても気軽にネットが出来ちゃいますからね。

解決策としては、時間をちゃんと決めること以外にないと思います。

そして、ちゃんと自分で決めたルールを守るよう努力することと、守れるように祈ることではないでしょうか?

聞かれる祈り

最後に、聞かれる祈りについて教わりました。

①断食
②早天
③徹夜
④合心

これらのお祈りは、よく聞かれるのだそうです。

それ以外のふつうのお祈りは聞いてくださらないわけではないですが、ここまでして祈るお祈りって、相当熱心なお祈りですもんね。。。

よほど心から願い認めていなければここまでのお祈りってそうそう出来ないでしょうから、それくらい強く願い求める祈りは聞かれる、ということだと思います。

結論

この日学んだことを総合すると、お祈りにはとにかくガッツがいります!

あつかましさもいります。

ちょっと神様に嫌そうな顔をされたような気がしたからって、簡単に諦めてしまってはいけないのです。

わたしは子供の頃、親に欲しいものをねだると「1ヶ月経っても欲しい気持ちが変わらなかったら買ってあげる」と言われました。

1ヶ月経ったら欲しかったことすら忘れてしまう物なら一時的なもの、1ヶ月経っても欲しいなら本当に欲しいものだからいいよ、と言われました。

天の神様も、それが本当にあなたの願い求める物なのか、お祈りする姿勢を見ておられるはずです。

本当に心から願い求めていることなら、しつこくお祈りしましょう。

以上、ペパーミントあいがお届けいたしました!

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