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[ai]【メイン礼拝】飢え渇くことで、救い、癒し、解放、経済、関係回復の祝福がついてくる!

こんにちは^ ^

ペパーミントあいです。

2015年11月22 草加神召教会リバーサイドチャペルのメイン礼拝に参加させていただきました。

草加神召キリスト教会リバーサイドチャペルのメイン礼拝

草加神召キリスト教会リバーサイドチャペルは、東京スカイツリーライン 松原団地駅より徒歩5-10分ほどのところにある教会です。

メイン礼拝は毎週日曜日 11時から13時頃まで行われているメインの礼拝です。

詳しくは下記教会HPをご確認いただければと思います。

=== リバーサイドチャペル 草加神召キリスト教会 ===

この日のメッセンジャー

この日は主任牧師の天野弘昌先生がメッセージをして下さいました!

「飢え渇き」について

この日の説教テーマは「飢え渇き」について。

引用された聖書の箇所は、以下の箇所です。

あなたがたに言いますが、彼は友達だからということで起きて何かを与えることはしないにしても、あくまで頼み続けるなら、そのためには起き上がって、必要なものを与えるでしょう。(ルカによる福音書11章8節)

してみると、あなたがたも、悪い者ではあっても、自分の子供には良い物を与えることを知っているのです。とすれば、なおのこと、天の父が、求める人たちに、どうして聖霊を下さらないことがありましょう。(ルカによる福音書11章13節)

いつでも祈るべきであり、失望してはならないことを教えるために、イエスは彼らにたとえを話された。(ルカによる福音書18章1節)

どうも、このやもめは、うるさくてしかたがないから、この女のために裁判をしてやることにしよう。でないと、ひっきりなしにやって来てうるさくてしかたがない』と言った。」(ルカによる福音書18章5節)

この日は都合により時間が限られていたため、前後を端折って御言葉が紹介されました。

上の2節は「深夜に友達が家にやって来て、何度も何度も扉を叩いて『パンを恵んでくれ』と頼んだ場合、友達だからと恵んであげようとは思わなくても、何度もしつこく戸を叩かれては面倒だから与えてくれる」という例え話、

下の2節は、冷酷な裁判官にやもめが裁判をしてくれとしつこく頼みこむ例え話です。
裁判官はやもめが可哀想だからという理由で裁判をしてはくれないけれど、何度もしつこく付きまとわれてはうるさくてしかたがないから、根負けして裁判をやる、というもの。

いずれも、何度もしつこく、根気よく祈りことの大切さを説いているものです。

同窓生への伝道

天野先生はつい最近、同窓会に参加されたそうです。

天野先生は元銀行員。
同窓生も銀行や有名企業の要職などに就いておられる方が多く、経済的にはとても豊かな方々ばかり。

でも、神様に対する飢え渇きは全くなく、霊的には固まっていると、天野先生はおっしゃいました。

天野先生は同窓生に何度も伝道しようとしたけれど、なかなか分かって貰えませんでした。
その度に、日本での伝道の難しさを痛感されたそうです。
心が折れて、同窓生への伝道は諦めようと思ったこともありました。

でも、そんな同窓生の一人が、つい最近、クリスチャンになられたとのこと!

これは続けた意味があった!まだ続けなければ!と思われたそうです!
ハレルヤですね♪

中国・韓国では、伝道がとても進んでいる

そんな日本とは対照的に、お隣の中国・韓国では、キリスト教の伝道がとても進んでいます!

韓国のクリスチャン人口が多いことは有名ですが、最近は中国でも、クリスチャン人口が増えているとのこと!

天野先生は先月、カナダのバンクーバーの中国系の教会でご奉仕をされたのですが、そこに参加されている中国の方々の熱心さ、神様への飢え渇きは半端なかったとのこと!

天野先生がお手洗いに行く時までついて行って「神様のことをもっと教えてくれ!」と訊くのだそうです!

……私、疑問に思うことがあっても「忙しそうだし、悪いかな?」と思って遠慮してしまうところがあるもので、良くなかったと反省してしまいますm(_ _)m

中国のエリートの親は献身を歓迎する!

これは、天野先生がバンクーバーで出会ったあるエリート青年のお話です。

彼はご両親もお金持ちで、いい大学を出て、ふつうに考えたら、そのまま一流企業へ就職するような人でした。

でも、一流企業への就職はやめて、献身して牧師になりたいとご両親に言ったそうです。

日本の親だったら、卒倒して大反対するところですよね!

でも、すでにクリスチャンであった彼のご両親は、そのことを大歓迎!

息子さんの決断を「素晴らしい!」と褒めたそうです。

1. 聖書的な求められる資質は、執拗な命懸けの求め

信仰は、努力ではなく、経験によって鍛えられます。

ここで言われている経験とは、祈りが答えられる経験のこと。
「あぁ、神様は本当に祈りに答えて下さる。本当におられるんだぁ」という経験積むことによって、より強固な信仰に鍛えられていきます。

でも、祈ることをしなければ、祈りが答えられた経験をすることは出来ません。
少ししか祈らなければ、祈りに答えられた経験も少ししか出来ません。

でもたくさん祈れば、答えられる祈りもたくさんあります!
数撃ちゃ当たる、ではないけれど、たくさんお祈りすること、何回もお祈りすることが、とても大切です。

キツツキは、一回では餌を取れなくても、何回も木の中を突くことによって、餌を取ることが出来ます。

機関銃は、一発一発の威力は低いけれど、弾を大量に乱射することが出来ます。

クリスチャン初心者の方は、いきなり執拗な命懸けの求めは出来ないかもしれませんが、小さなお祈りをたくさんするようにしたらいいと思います。

そうすることで、自分には神様がもっと必要だと分かり、神様に飢え渇き、執拗な命懸けの求めが出来るようになるはずです。

2. 飢え渇きにともなう恵み

飢え渇き、執拗な命懸けの求めをすることによって得られるものは、救い、癒し、解放、経済、関係回復の祝福です。

経済や物質的な豊かさが最終目標ではありません。

でも、神様に対して飢え渇き、御心を求めることによって、必要なものは全て与えられるようになるのだそうです!

お金が無くて困っているなら、「神様、当面生活するだけのお金を与えて下さい!」と祈るのもいいと思います。

命懸けの求めを、神様は求めていらっしゃいますから。

お金に困ってはいないけれど不安だからお金が欲しいという方は、お金では無く、神様を求めて下さい。

神様はあなたの心に平安を与え、必要を満たして下さいます。

まとめ

以上が、この日語られた説教の、私なりの解釈です。

執拗で命懸けの求め、重くてなかなか出来ないですよね(^_^;)
そんな簡単に命は懸けられません(苦笑)

でも、小さなお祈りをたくさんすることなら、出来そうな気がします!

人間って、神様でないと埋められない心の隙間を持っていて、本来は皆、神様に飢え渇いているものだと思います。

でも神様から離れすぎてしまって、飢え渇いていることを忘れてしまっている。

だから、少しずつでも神様を知ることによって、飢え渇きを自覚し、神様を求めるようになるしかないのでしょうね。

そんなように思えました。

以上、ペパーミントあいがお届けいたしました!

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