ローマの信徒への手紙6章「義の奴隷」について | ペパーミントパラダイス

ローマの信徒への手紙6章「義の奴隷」について

こんばんは^^

ペパーミントあいです。

今日は新約聖書 ローマの信徒への手紙6章を読みました。

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個人的に重要と思われた箇所には、線を引かせていただいております。

こちらも予備知識のない箇所なので、読んで率直に思ったままの感想を書かせていただきます。

キリストの死によって赦されたからって、罪を犯し続けていい理由にはならないんだよ、という内容のことが書かれておりました。

むしろ、十字架でキリストが死なれたのと同時に、それを受け入れた瞬間、わたしたちも罪に対して死んで、神に対して生きるようになる、とのこと。

確かに、本当に趣旨をよく理解して十字架を受け入れた人なら、そうなるのが自然だと思います。

罪を犯し続けながら生きる、って、一見自由なようだけれど、それは罪の奴隷になることだから自由ではない、と、聖書は言っているんですよね。

この箇所では、罪の奴隷として生きるか義の奴隷として生きるか、どちらかしかない、と言っています。

そして、罪からくる報酬は死、義の奴隷として生きた報酬は永遠の命だ、とも。

6章頭には、洗礼(バプテスマ)についても書かれていますね。

洗礼については、今週木曜日(28日)に関先生ご夫妻の東京バイブルクラスでもちょうど学んだところなので、追々、記事をUPしたいと思います!

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