わたしの右の手を取って下さる主 | ペパーミントパラダイス

わたしの右の手を取って下さる主

こんにちは^^

ペパーミントあいです。

今日は草加松原教会の日曜礼拝に参列してきました!

2014-07-13 10.24.54

今週の週報はこちら↓

2014-07-13 11.10.002014-07-13 11.10.172014-07-13 11.10.29

今週の説教は「わたしの右の手を取って下さる主」

東川口シャロームチャペルより、櫻井良一牧師が説教して下さいました^0^

※最初の写真の教会の看板に「牧師 櫻井良一」とありますが、現在草加松原教会は無牧です。櫻井先生は代理牧師です。

今週の説教「わたしの右の手を取って下さる主」

櫻井先生は説教の都度、内容を小冊子にまとめて下さっているので、こちらもご紹介させていただこうと思います!

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こうしてまとめて下さると、あとで振り返れるし、分かりやすくていいですね^0^

個人的に特に重要と思えた箇所には、線を引かせていただきました!

説教の概要

今回説教のテーマとなった箇所は、旧約聖書の詩編73篇23~24節

「あなたがわたしの右の手を取ってくださるので、常にわたしは御もとにとどまることができる。あなたは御計らいに従ってわたしを導き後には栄光のうちにわたしを取られるであろう」

この詩編の詩人は敬虔な信仰の持ち主でしたが、神様に従って生きている自分が病に苦しみ、神を神とも思わず好き勝手に生きている人たちが、健康にもお金にも恵まれて栄えているのを見て、信仰に何の意味があるのだろうと疑問を抱くようになりました。

でも、神の聖所へ行き、彼らが実は神の裁きを受けていることを知り、再び信仰を取り戻すことが出来た、という箇所です。

これは、この筆者が特別優れた信仰心の持ち主だったからではなく、彼の右の手を神がしっかり取って下さっていたからだと、聖書は言っています。

心に響いたことその①目で見えていることは真実のごく一部

小冊子の②のところに書いてありますが、わたしたちが目で見えるもの、経験出来ることは、真実のほんの一部分でしかありません。

この筆者は、彼らの栄えているように見える一面だけを見て「何で真面目に神様信じているわたしがこんな目にあってこいつらばっかり……」という思いに駆られてしまいましたが、それはほんの一面にすぎなかったのです。

わたしは新選組リアンの関義哉君がきっかけでイエス様を信じるようになった人なので、今でもリアンのライブにはよく行きます。

ライブはいつも楽しいのですが、正直、あまりファンのマナーがいいとは言えず……マナーの悪さに残念な思いをすることもしばしばあります((+_+))

そんな時、なんでリアンサイドはこういう人たちに対してちゃんと対策しないんだとイライラしたり、何で真面目にマナー守って参加しているわたしたちが損をして好き勝手極まりない彼女たちが得をしているんだと、腹が立つこともしょっちゅうです(苦笑)

でも、好き勝手極まりない振る舞いを許されているように見えるだけで、本当はどこかで、何らかの形で、裁きは受けているんですよね。。。

彼女たちに対する裁きは神様がちゃんと下して下さるから、イライラしたり、ましてや、自分が彼女たちを裁いてやろうという気持ちは、持たない方がいいと思います( ´艸`)

むしろ、自分がイライラしないよう、純粋にライブを楽しむことが出来るよう、心を守って下さいとお祈りしようと思います。。。

(これはよく相談するグレバイのお姉さんから言われたことでもあるのですが;;)

心に響いたことその②苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生む!

そして、もう一つ心に響いたこと。

それは小冊子6ページ目に線を引いた、ローマの信徒への手紙5章3~5節。

「そればかりでなく、苦難をも誇りとします。わたしたちは知っているのです。苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生むということを。希望はわたしたちを欺くことがありません」

最近、仕事でちょっと苦しいと感じることが続き、やめたい、なんでもいいから早くこの苦痛な状態から逃れたい、何でわたしがこんな目に、と思うことがありました。

ここでは「練達」と表記されていますが、練達を「練られた品性」と訳している聖書もあります。

苦しくても、それを耐えることで磨かれて、希望を見出すことが出来るようになる。

そう思ったら、なんだか耐えられるような気がしてきました……!

まさに今のわたしにピッタリな御言葉でしたvv

この御言葉を下さったイエス様に感謝ですvv

心に響いたことその③教会へ行くことの重要性

この詩編の筆者は、神の聖所へ行って、神様から真実を教えてもらうことが出来ました。

そのことで、神は自分の右の手をしっかり取って下さっていた、自分が間違っていたことに気付くことが出来ました!

現代の神の聖所は、教会の礼拝です。

礼拝では神の言葉である聖書を説教を通じて解き明かすことで、神様のメッセージを聞くことが出来ます。

実際に目の前で話しているのは牧師先生なのですが、不思議なことに、説教って、何でこんなにわたしにピンポイントなの!?と驚くことが多々あります!

今週の櫻井先生の説教もそうですが、京都グレースバイブルチャーチの関パパ先生の説教でも、「これはまさにわたしのための御言葉だ!」と思うことが、しばしばあります。

神様はいつでもわたしたちと共にいて下さいますが、特に礼拝での御言葉に耳を傾けること、礼拝を守ることは大事だなと思います。

事実、礼拝をさぼっていると、いくら日曜礼拝以外のところで聖書を読んだりお祈りをしていても、変な情報に惑わされやすくなったり、ちょっとしたことで心が病みやすくなってしまうんですよねぇ。。。

クリスチャンにとって一番の基本は、日曜日の礼拝。

これは可能な限り、しっかり守っていきたいと思います!

その日曜礼拝を、今週もしっかり守れたことに感謝ですvv

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